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『シンフォニエッタ』の名盤


村上春樹さんの小説『1Q84』(→『1Q84』についてのブログ記事はこちら)は、主人公・青豆が、ある用事に向かうため(その用事とは指定された人物を別の世界に送り込むということだった)、移動中のタクシーの中でヤナーチェクの『シンフォニエッタ』を聴くところから始まる。


作中でこの曲はかなり効果的に使われていて、もうひとりの主人公・天吾が、コンクールに代役でティンパニを叩いた曲も『シンフォニエッタ』だった。どちらかと言えばマイナーな曲だったが、『1Q84』の爆発的な売れ行きによって、突如として脚光を浴び、クラシック音楽CDのセールスランキングの上位に位置することになった。いまではポピュラーな曲の仲間入りを果たしたとさえいえる。


ヤナーチェクチェコのブルノ生まれの作曲家で、スメタナドヴォルザークと並んで、現在ではチェコの国民的作曲家と見なされている。『シンフォニエッタ』以外の他の楽曲としては、管弦楽曲では『タラス・ブーリバ』、オペラでは『利口な女狐の物語』、声楽曲では『グラゴル・ミサ』がよく知られている。


シンフォニエッタ』を初めて聴いたときは、「なんだかヘンテコな曲」という印象だった。メロディーはそれほど親しみやすくないし、つかみどころのない印象で、難解さも備えているので、どちらかといえば玄人好みの曲だと思ったのを覚えている。


それが何度も聴くうちに、スルメを噛むようにじわじわと魅力が出てきて今に至るという感じである。この曲には他のヤナーチェクの曲と同様、ヤナーチェクの曲にしかないある要素がある。音楽的にはうまく説明できないが、私がヤナーチェクの作品から感じる要素とは、一言でいうと「落ち着かなさ」、あるいは「居心地の悪さ」だ。こういう印象を抱かせる作曲家は、私にとってヤナーチェク一人しかいない。


曲は5つの部分から構成され、下記のような標題が付いている。

ヤナーチェクシンフォニエッタ

第1楽章:ファンファーレ
第2楽章:城
第3楽章:王妃の僧院
第4楽章:街頭
第5楽章:市役所


第1楽章。期待。第2楽章。滑稽。第3楽章。神秘的。第4楽章。雑踏の賑やかさ。第5楽章。凱旋。一言で言うとそんな感じだ。独立していて、とりとめもないように感じられる各部分が、最後に冒頭のファンファーレが再現されることで統一が図られる点が最大の聴きどころだ。母国チェコスロバキアへの愛国心に満ちた曲とも言われていて、愛国的という点では、スメタナの『わが祖国』や、チャイコフスキーの『1812年』などと、作曲の動機が近いものが感じられる。


それほどメジャーな曲ではないが、CDは多数発売されている。以下に挙げたもの以外では、ラファエル・クーベリックバイエルン放送響を振った録音や、カレル・アンチェルチェコ・フィルを振った録音がある。


◇  ◇  ◇


ジョージ・セル指揮×クリーブランド・オーケストラ

バルトーク : 管弦楽のための協奏曲 / ヤナーチェク : シンフォニエッタ

バルトーク : 管弦楽のための協奏曲 / ヤナーチェク : シンフォニエッタ

もっともポピュラーな1枚ということならこのCDとなる。『1Q84』の作中で青豆が聴いたのはこの演奏だった。ただし、この曲の標準的演奏というわけではなく、かなり個性的な演奏となっている。まず、テンポがおそろしくゆっくりで、どこに向かっているのかわからないような、迷路をさまようような雰囲気を醸し出している。時間が来れば音楽は終わるのだが、永遠に運動し続けるようなスケールの大きな演奏だ。演奏はクリーブランド・オーケストラなので文句のつけどころがない。鍛え抜かれた集団が人工的な美しさを聴かせる、といった感じ。


◇  ◇  ◇


チャールズ・マッケラス指揮×ウィーン・フィル

ヤナーチェク:シンフォニエッタ

ヤナーチェク:シンフォニエッタ

私が好んで聴くのはこのCDだ。スタンダードな名演といえる。何しろウィーン・フィルによる演奏なので、それだけで買い。どこを聴いても、ウィーン・フィルの上質なサウンドが聴ける。ウィーンの曲でもないのに、ウィーン・フィルがここまで集中した熱演をおこなうフィナーレの盛り上がりは感動モノである。


◇  ◇  ◇


サイモン・ラトル指揮×フィルハーモニア管

ヤナーチェク:シンフォニエッタ

ヤナーチェク:シンフォニエッタ

最初に聴いたCDがこれだった。「いろいろ試している」感じで、表現意欲の高い演奏。演奏の巧さでは上述のウィーン・フィル盤に劣るが、精度という点では負けてはいない。冒頭のティンパニの正確さがすごい。打楽器出身というだけあって、ラトルのリズムの刻みはおそろしく正確で細かい。


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