『3つのジムノぺディ』〜サティのピアノ曲
クラシック音楽はちょっと…という人、例えば「ベートーヴェンやブラームスみたいに重厚で堅苦しく緊張したものが多くて苦手だ」という人に是非、聴いて欲しいのがサティだ。…などとここに書くまでもなく、サティは現代において大変によく聴かれている。
- アーティスト: ロジェ(パスカル),サティ
- 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
- 発売日: 2003/06/25
- メディア: CD
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フランス生まれのエリック・サティ(1866―1925)。
鬼才、異才、天才の多いクラシック音楽の世界にあっても、サティの作品は異彩を放っている。
マーラーより6歳若く、ドビュッシーより4歳若く、リヒャルト・シュトラウスより2歳若い。生きた時代はロマン派の真っただ中。しかし彼の作風はロマン派の同世代の作曲家と全く違っている。
サティの作品はピアノ曲がほとんどで、形式ばったところがなく、自由な発想に基づいた美しい旋律が特色である。人の汗も、闘争も、情熱も、生きる喜びも、作品からは感じられない。しかしメロディはとても美しい。しかも古臭さは感じない。いつ聴いても新鮮である。知らない人に「久石譲の作品だよ」と言ったら信じるかもしれない。それくらい、クラシック音楽のムードから離れている。
サティは、生前、音楽シーンから無視され、ほとんど評価されなかったため、音楽界と距離を置き、キャバレーなどでピアノを弾くことで生計を立てていた。音楽界から距離を置いていたこともあってか、彼の作風はオリジナリティにあふれている。彼の提唱した『家具の音楽』はイージーリスニングの走りだとも言われている。それまでのクラシック音楽には、何かをしながら聴く音楽など存在しなかった。音楽とは信仰の確認のための作業であり真理の追究のための手段だった。そもそもの始まりはいわば「イコール祈り」だった。何かをしながら聴くなどもってのほかだった当時、BGMとしてのクラシック音楽を発明したことが、サティの功績の最大のものである。
サティの作風は、ドビュッシーやラヴェルにも影響を与えただけでなく、ピカソなどの他のジャンルの芸術家にも多大な影響を与えた。さらには未来においても、彼からインスパイアされた新しい才能が現われ続けることだろう。後世になってこれほど聴かれることになるとは、本人があの世で一番びっくりしていることだろう。
ここではサティのピアノ曲の中から3作品だけ簡単に紹介したい。
『3つのジムノぺディ』。神秘的で耽美的である。第2曲が有名で、クラシック音楽に詳しくない人でも一度は聴いたことがあるはずだ。
『グノシエンヌ』。深遠で渋く哀しい。全部で6曲あるが、一番最初に書かれたのが第5番だったというのが奇抜な発想を好むサティらしいエピソードである。
『お前が欲しい』。官能的でかつ幸福感に包まれている。『ジムノぺディ』と並んでポピュラーな曲。ちなみに私の自宅のファックス兼電話の呼び出し音がこの曲だ(←どうでもよいエピソード)。
サティの作品はタイトルも個性的だ。『ピアノソナタ第〜番』などという堅いタイトルではなく、多くは標題が付いていて、その標題もミステリアスなものばかりである。いくつか挙げると、『官僚的なソナチネ』、『ぶよぶよとした前奏曲(犬のための)』、『本当にぶよぶよとした前奏曲(犬のための)』『冷たい小品』、『ひからびた胎児』。『梨の形をした3つの小品』などなど。標題からはどんな音楽なのか想像もつかないものばかりだが、聴いてみるとどれも聴きどころがあって、名曲ぞろいである。別にぶよぶよしていないし、干からびてもいないのだが、ユーモアのセンスがあるというか、ナンセンスというか、発想が新しすぎる。現代の感性でようやく判断することができ、時代がようやく追いついたとする考え方もできる。
私は『四番目の前奏曲』、『ひからびた胎児』の「甲殻類の胎児」(←これもすごいタイトルだ)あたりが好きだ。
録音は多数あり、全曲集なども発売されているが、まずは傑作選から聴いてみたい。フランスものを得意にしているフランス人ピアニスト、パスカル・ロジェのものが選曲、演奏、録音どれをとってもベストだ。