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ピアノソナタ全集〜フリードリヒ・グルダ


ベートーヴェンの楽曲の中で、ピアノソナタは、交響曲弦楽四重奏曲と並んで、重要な位置を占める。その曲と出会わなければ人生は不幸だったと思えるような、座右の名曲となりうる曲もあり、全集は手元において、大げさでも何でもなく、人生を共にしたい(と私は思っている)。


ベートーヴェンピアノソナタについて、ひとつ確実に言えることは、失敗作や駄作が皆無で、初期のころの作品も含めてどれもが佳作であり、多くは名作であり、いくつかは音楽史を塗り替えた傑作である。


■佳作


初期の作品では、第2番(Op.2-2)の録音が増えてきている。シンプルでこじんまりとしていながらも整った名曲。二つの短調作品である第1番(Op.2-1)と第5番(Op.10-1)も私は好きだ。第24番は『テレーゼ』(Op.78)と呼ばれている。ベートーヴェンのピアノ小品『エリーゼのために』の「エリーゼ」とは「テレーゼ」のことではなかったかという研究がされている。その、伯爵令嬢テレーゼに捧げられた逸品。第25番 は『かっこう』(Op.79)という標題で呼ばれることもある。これらが佳作に分類される。というか、傑作と名作を除く全てが佳作である。


■傑作


明らかに傑作と言えるものは、第14番『月光』(Op.27-2)、第17番『テンペスト』(Op.31-2)、第21番『ワルトシュタイン』(Op.53)、第23番『熱情』(Op.57)、第29番『ハンマークラヴィーア』(Op.106)、そして第30〜32番(Op.109.110.111)の後期ピアノソナタ、これらは人生を共にするばかりでなく、人によっては人生を左右しかねないし、墓場にも持っていきたい作品である(と私は思っている)。


第30〜32番。最近、私はこれらが本当に特に好きで、朝晩ずっと聴いている。疾風怒濤の傑作群である。どうしてこんなにも透明で、澄みきっているのかわからないのだが、どれもが無欲で無我の境地にある。外面的な演奏効果は少なく、内省的な瞑想的で天国的で福音的である。30番よりも31番が、31番よりも32番が優れている。最後のピアノソナタ、32番の終楽章は、耳から聴こえてくるものではなくて、頭に言葉で直接訴えてくるようだ。その内容は松尾芭蕉の辞世の句のようでもあり、これはベートーヴェンによるレクイエムではないかと思ってしまう(そのあと、ベートーヴェンは何年も生きたのだけれども)。まるで、モーツァルト交響曲第41番『ジュピター』のように、生への執着が全くない、潔く、はかなくて、例えようのない美しさを備えた作品となっている。


■名作


第8番『悲愴』(Op.13)、第15番『田園』(Op.28)、第26番『告別』(Op.81a)は名作。第11番(Op.22)は『ハンマークラヴィーア』に次いで規模が大きく、『大ソナタ』なんて呼ばれることもある。第12番 『葬送行進曲』(Op.26)はピアノの詩人・ショパンピアノソナタに多大な影響を与えた名作。名作は、そんなところだろうか。『ハンマークラヴィーア』の前の作品、第27番(Op.101)も私はかなり好きだ。これも名作だ。


そうそう、『月光』の影に隠れているが、それと対の作品とも言える第13番(Op.27-1)を忘れていた。この曲は『幻想曲風』という呼び名で親しまれているが、もともとは『月光』とセットで、『幻想曲風』と呼ばれていた。よく知らないコンクールで優勝した(実力に疑問符の付く)若手美人女性ピアニストがデビューアルバムとして録音して、「もうひとつの『月光』」なんていうタイトルをつけたら、そこそこヒットすると思うが、そんなアイディア、誰か採用してくれないだろうか。


◇  ◇  ◇


とまあ、こういう素晴らしい曲ばかりなので、全集で揃えて、気分に応じて聴くのが良いと思う。録音は多数。過去にこのブログで紹介したものもあるが、シュナーベルバックハウス、ケンプ、グルダといった巨匠ピアニストの録音がある。また、他の大ピアニストでは、エミール・ギレルスとグレン・グールドも、全集は完成させられなかったが、主要な作品はほとんど録音している。


ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ全集 Beethoven: The 32 Piano Sonatas Piano Sonatas ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集 第1〜32番 Alfred Brendel - Beethoven The Complete Piano Sonatas


現役ピアニストではバレンボイムブレンデルアシュケナージ、オピッツらの全集がある。ポリーニもかなりの曲を録音している。全集ではないが、1曲1曲のクオリティでは他の追随を許さない。ポリーニの演奏のスタイルは「機械のように正確で冷たい」と若いころには評されたが、壮年期になってからのポリーニの演奏は、「執念」や「怨念」みたいなものも感じさせるほど熟している。若いころに後期作品を録音して、年齢とともに、前期の作品を録音してきているのが面白い。


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集(9枚組)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集(9枚組)


私は昔は、バックハウスの重厚でぶっきらぼうな、いかにもベートーヴェンらしい演奏が好きだったが、最近はグルダの全集を愛聴している。


フリードリヒ・グルダオーストリア生まれのピアニストだ。活動の範囲はクラシックにとどまらず、ジャズにも相当のめり込んだ。そして本気でジャズに転向しようとしたが(転向と言うのがすごい。尊敬すべき軽さだ)、それは周囲の反対に合って思いとどまった。20世紀をほとんど生きて、つい10年ほど前にこの世を去った、歴史に残る大ピアニストである。


タッチは柔らかく、モーツァルトを弾くみたいに軽やかにベートーヴェンを弾くのだが、大変にスムーズで、スピード感がある。ゴツゴツしたベートーヴェンとは一線を画すものだが、結局、当代一の人気ピアニストでもあったベートーヴェンはこんな風に華麗に弾いていたのではないかと思わせる圧倒的な疾走感がある。最近の私の座右の愛聴盤となっている。


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