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『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(作者:小澤征爾・村上春樹/新潮社)


小澤征爾さんと、音楽について話をする

小澤征爾さんと、音楽について話をする


本書は、指揮者の小澤征爾さんとの会話を小説家の村上春樹さんがまとめるという形で出版された対談集である。話題はほぼクラシック音楽のことで、忙しい二人が、仕事の合間を縫って、一緒に音楽を聴いたり、音楽家養成のためのセミナー期間に時間を割いたりして、語られた内容が一冊の本にまとめられている。「お互いに自分の仕事を大事にする」一生懸命な職業人による、とても面白い対談集となっている。


話し言葉中心の対談集ということで気軽に読めるが、内容はクラシック音楽ファンにとっても本格的で、繰り広げられるのは村上ワールド。 独特のスタンス、特有の言い回しや比喩で、音楽家に迫る。深く、きちんと音楽を聴いていることがベースになっている。たとえば、「世界の小澤」を前に、一緒に本人が指揮をしたCDを聴いて、「ここがこうですね」とか何の恐れや衒いもなく論評し、質問をするシチュエーションがとても面白かった。「ここはこうだったんだ」とか「これはね」とか、小澤さんもなんだか嬉しそうに答えている。音楽を一緒に聴くことで、徐々に蘇ってくる記憶があったり、音楽作りの信条みたいなものが言葉としてまとまっていったり、次々に相乗効果があがる。


本書の中で、グレン・グールドについて語られた内容は特に面白かった。グレン・グールド内田光子さんと音楽性が近いなんて、読むまで気付かなかった。そういえば、似た部分は確かにある。正しい表現のためには曖昧な部分をスパッと切ることができる強さと潔さ、切り口の鮮やかさは共通する。そして闇の表現は独特なものがあり、心の中に悪魔を飼っているかのような不気味さを醸し出す。確かにグレン・グールド内田光子、似ている。


そのグレン・グールドが、バーンスタインの指揮で録音したブラームスのピアノ協奏曲第1番のレコードがあるが、それについても触れられている。このレコードにはバーンスタインによる珍しいスピーチが収められていることで有名だ。



内容の大意は、「今夜行う演奏のテンポは私の意に反して大変ゆっくりしたものになります。これはグールド氏の主張によるものです。どんなテンポを取るか、双方、譲らず、私はこの方法に完全に納得したわけではないけれど、グールド氏に根負けして、このスタイルで行います。でも演奏会において、ボスは指揮者なのかソリストなのかどっちなのか、これは問題です(会場から笑い)。今夜の演奏はグールド氏のスタイルであり、グールド氏のやり方で行うものです」というユニークなものだ。


そのレコードを2人で聴く場面で、小澤さんが口を開く。「僕もあのときちょうどその場にいたんです。レニーのアシスタント指揮者として。」初めて知った。「でもね、演奏の前にこんなっことを言うのは、あまりよろしくないんじゃないかと、そのとき僕は思いました。」こんな困惑した気持ちを堂々とスピーチできる指揮者なんてバーンスタインしかいない。これは歴史的なスピーチだが、その横に後に世界的なマエストロとなる若い日本人指揮者がいたとは、今までほとんど知られてなかったことだ。


バーンスタインは、正直でおおらかでアシスタントを対等に扱い、その日の自分の演奏に対し意見すら求めたという。音楽を教わったカラヤン(小澤さんは常に「カラヤン先生」と呼ぶ)。若いころから秀才だったアバドは、誰もが洗礼を浴びるスカラ座でもブーイングを浴びなかった。ボストン交響楽団のこと。マーラーのこと。サイトウキネンのこと。世界的指揮者の頭の中に眠っていた記憶が、現代随一の書き手の率直で気の利いた質問によって、はじめて語られる。クラシック音楽ファンにとっても嬉しい発見が沢山ある本である


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