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ジンマン&チューリヒ・トーンハレ管の『ドン・ファン』他


リヒャルト・シュトラウス交響詩を好んで聴けるようになったら、大人だ。あるいはクラシック音楽にたいする経験値ということで言うと、初級コースを卒業したことになる。そう思っていた頃がある。


私は昔はリヒャルト・シュトラウスが苦手だった。


交響詩というジャンルは、歴史的には交響曲に比べて新しい。ざっと言うと、フランツ・リストが何曲か書いた後、後期ロマン派の時代に、リヒャルト・シュトラウスによって花開いたジャンルだ。基本的に単一楽章で、形式は自由、内容は芳醇。ただし深く聴き込んでいかないと、何がモチーフなのか実感が湧かない。基本的にはメロディアスで演奏効果も派手なのに、しつこいというか、いやらしいというか、ベートーヴェン交響曲のような、均整のとれた「芸術の結晶」という印象はまずない。


交響詩は、タイトルも確かに小難しい。『ツァラトゥストラはかく語りき(以下、ツァラ)』だとか、『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら(以下、ティル)』とか。『死と変容』なんてタイトル、難解。


私は、だから、こういうやや取っ付きづらい音楽を好んで聴く人に対し、大人でクラシック音楽のことをよくわかっているというイメージを持った。


(その後、いろいろ聴いていく中で、リヒャルト・シュトラウスの音楽はクラシック音楽の中でも随分わかりやすい部類に入っていたことに気づく。そして聴き続けてみると、管弦楽オーソリティーによって緻密に作り込まれた熟達の技を知るようになる。)


慣れるとリヒャルト・シュトラウスは全然難しくないし、むしろエンターテイメント性の備えた曲ばかりだとわかる。『ツァラ』は大学の図書館でニーチェに挑戦するような気持ちの昂りがあるし、『ドン・ファン』は、自分が叙事詩の主人公になったような英雄的な気分。『ティル』は最高傑作かもしれない。こんな一筋縄では行かない曲を書けるというのは本物の天才か変態か。


R.シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りき、ドン・ファン&ティル

R.シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りき、ドン・ファン&ティル


ジンマンのリヒャルト・シュトラウスがとてもよい。ジンマンとチューリヒ・トーンハレ管のコンビと言えば、当時センセーショナルだったベートーヴェン交響曲全集が思い浮かぶが、そこまでは徹底的でなく、リヒャルト・シュトラウスでは節度を見せる。リヒャルト・シュトラウスを演奏するときに、派手に鳴らすことで見えてくるものもあるかもしれないが、ジンマンの音楽作りはもっと冷静だ。見通しの良さが特徴で、チューリヒ・トーンハレ管の演奏能力の多くを割いて、透明感のある響きを追求している。シネマ的というよりは、スタジオ的である。この精密な立体感を持つ演奏から、曲本来の美しさが出てくる。


昔の私のように、リヒャルト・シュトラウスに取っ付きにくさを感じる人がいたとすれば、ぜひ聴いてほしい録音だ。


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