USHINABE SQUARE

クラシック名盤・名曲と消費 生活 趣味

ハービー・ハンコック『処女航海』


8月が終わろうとしている。今年の8月はいつもよりもずっと早く過ぎ去っていくようだった。忙しかったし、日曜日以外は休まなかったので、余計にそう感じるのかもしれないが、暑さ以外には「夏」を感じることが少なかった。花火も見なかったし、海にも(プールにさえも)行かなかったし、帰省もしなかった。夏に乗り遅れた?。それが残念である。


この夏は、杉山清貴とTUBEをよく聴いた。はまった。そして聴きすぎてやや飽きている。他には、『処女航海』というジャズ・アルバムをよく聴いた。


『処女航海』は、ジャズ・ピアニストのハービー・ハンコックのアルバムで、1965年にジャズの名門レーベル『ブルー・ノート』から発売された。これはジャズの歴史に残る名盤である。彼らのグループが行った音楽のスタイルは当時、「新主流派」と言われ、スイングするいわゆる「ジャズらしいジャズ」(ビ・バップやハードバップ)とは一線を画した音楽だった。


処女航海

処女航海


タイトル曲『処女航海』を聴き始めただけで、容易にこの世界に入り込むことになる。いままさにヨットで大海に漕ぎ出そうとするシーンが思い浮かぶ。これから訪れる未知の世界への期待。高揚感と若干の不安。残していく家族に対する思いもあったかもしれない。そうしたものを抱えつつ、海面を滑るように出航する。


トランペットはフレディ・ハバードで、若さもあり、センスあふれる、溌剌としたトランペットを吹く。無茶苦茶に巧い。ドラムはトニー・ウィリアムスで、これも素晴らしく巧い。ベースのロン・カーターも巧い。彼らは能力から言ってもキャリアから言っても超一流のミュージシャンだ。テナーサックスはジョージ・コールマン。彼だけが超一流というわけではない。しかし実に気が利いている。じゅうぶんに役割を果たしている。彼らを操るのは、ピアニストのハービー・ハンコックで、バリバリ弾かないのに、音楽を支配している。音色には透明感があり、感覚が新しい。抜群の色彩感覚で、知的。


続いて魅力的な3曲が続く。『ジ・アイ・オブ・ザ・ハリケーン』、『リトル・ワン』、『サヴァイヴァル・オブ・ザ・フィッテスト』。激しい曲や燃えるような曲は一つもない。大人の音楽、大人の航海だ。ただひたすらクオリティの高い詩的な音楽だ。『リトル・ワン』は、深夜のホテルのバーでかかっていそうな曲だ。いかにも「ジャズらしい」という曲を聴きたい人には、ぜひお勧めしたい。


最後の『ドルフィン・ダンス』は傑作である。私はこの場面で、帰る港が見えたと想像する。乗組員たちは、きっと微笑んだことだろう。時刻は何時くらいだろう。夕焼けの頃だろうか。海が赤く染まるシーンを想像するのが楽しい。あるいは夜が明ける頃だろうか。青い時間に、街の灯りが見えたのかもしれない。寄港を祝福するかのようにイルカがヨットの周りを泳ぐ。次第に夜が明けてきて、朝の眩しい光に照らされた海をイルカがジャンプする。どちらを想像しても正解のように思える。航海の疲労も積み重なり、乗組員たちは安堵しつつも、終わってしまう旅に対する寂しさを感じていたことだろう。


昔このアルバムを初めて聴いたときにはこんなに良い音楽とは思わなかった。静かで冷静な音楽なので、退屈で、冷たく感じられたからだ。しかしこの夏、聴いてみて、本当に良かった。新しい世界を感じさせるような感動がこのアルバムにはあった。


いまはこのアルバムを聴きながら、乗り切れないままに終わってしまう夏を偲ぶ気持ちである。


人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 クラシックブログへにほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へにほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ