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キース・ジャレットの『メロディ・アット・ナイト・ウィズ・ユー』


久しぶりの更新となってしまった。それほど忙しくなかったわけでもないのになぜ。5月は連休があったにもかかわらず一度も更新できなかった。


きょう何を書こうか考えたとき、ある一枚のCDが頭の中に浮かんだ。


そのCDとは、キース・ジャレットの『メロディ・アット・ナイト・ウィズ・ユー』というソロピアノのジャズアルバムだった。そのアルバムを私は、冬から春にかけて、もっと細かく言うと2月初めくらいから4月終わりくらいまで、3か月間くらい、夜に帰りの車の中でよく聴いていた。本当によく聴いた。まるで毎晩、同じバーに行って、同じ酒を注文するみたいに、繰り返した。そういえば、バーなんて何年も行っていない。居酒屋すら行っていない。最後に居酒屋で時間を気にせず飲んだのはいつのことだっただろう。最後、二日酔いになったのはいつだっただろう。しかし、今回はそのことについて書くのではなかった。


メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー

メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー


キース・ジャレットは、ジャズ界ではいまや大御所であり、もし『ジャズ史』という本があれば、彼について多くの章を割かなければならないだろう。スタンダードナンバーの演奏に新たな風を送り込んだトリオ、ホールでたった一人でインプロヴィゼーションを繰り広げたソロ活動、あるいはジャンルを超えて取り組んだクラシック。その足跡はまさに巨人のもの。そんなキース・ジャレットが、1990年代の後半に、慢性疲労症候群と診断され、コンサート活動からの撤退を余儀なくされた。


それまでの活躍が鮮烈だったため、彼が病気で演奏できなくなったということは大きなニュースであり、私も信じられなかった。


そして闘病を経て、ようやくピアノを弾けるようになったころ、自宅のスタジオで録音され、発表されたのが、本作である。このアルバムは世間では大変な絶賛を浴びたが、私はその時、あまりピンと来なかったのを覚えている。綺麗な演奏だとは思ったが、それまでの彼の姿とあまりも異なっており、戸惑ってしまった。しかし、それが今では、かけがえのない演奏だと思っている。結局、この演奏の良さを理解するのに10年以上かかってしまった。


全曲に渡り、ミディアムからスローなテンポの曲で、落ち着いた雰囲気を持っている。飛翔するメロディや唖然とするようなインスピレーションはない。バラード演奏で言っても、全盛期の切れはない。しかし、ひたすら美しい。只々、美しい。ひとたび言葉で表現しようとすると、損なわれてしまうような、無垢の美しさを備えている。


演奏はたいへん内省的で、未来ではなく、過去を向いている。キースは懸命に何かを探している。何を探しているのか。それは自分自身の姿ではないのか。ピアノとの対話を通して、自分が再びピアノを弾けるというイメージを探している。これらの演奏は、いろいろできた過去の自分から、いろいろなことができなくなった自分が、できることを拾い上げていく地道な作業のようで、その実直で真摯な姿勢に共感するものがある。


この演奏によって私は癒される、あるいは励まされるような気持ちになる。このアルバムほど、「癒し」という言葉が似合うアルバムは少ない。毎日「癒されたい」ほど疲れているわけではないが、「今日は音が要らないな」という日でも、このアルバムを聴くと、リラックスでき、自然な感じだった。毎晩、同じバーで同じ酒を飲むように、習慣的に聴いていた。


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