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マリス・ヤンソンスの7番「夜の歌」


最近はよくマーラー交響曲を聴いている。特に最近、好んで聴いているのがヤンソンスバイエルン放送交響楽団を振った2007年のライブ録音CDだ。


マーラー交響曲の演奏は、バーンスタインみたいに作曲家に共感し曲と一体になって燃え尽きるような燃焼系の演奏から、ブーレーズ交響曲全集に見られるように客観的で、隅々まで見通しの良い(ハイレゾ的というか)演奏まで様々だ。オーケストラも、ベルリンフィルのような高性能オーケストラから、ドイツの地方オーケストラの演奏、日本のオーケストラの一生懸命な演奏まで、どれも聴きごたえがある。マーラー交響曲の懐の広さだと思う。


もしも自分がクラシック音楽と出会わなかったとしたら、知識として、ベートーヴェンの『運命』や『英雄』は聴いたかもしれないが、マーラーはおそらくほどんど聴かなかったと思う。もし聴いたとしても、1番『巨人』を聴いて、2番『復活』か『大地の歌』で挫折したと思う。しかし、クラシック音楽を聴くようになってから、ある時期、相当に夢中になり、マーラー交響曲についても繰り返し聴いてみて、その魅力にとりつかれた。こんな深淵な世界があるなんて。マーラーの音楽を知ることができたことは、クラシック音楽を聴いてきて本当に良かったことのうちの一つだと思っている。


現在、マーラー交響曲について、好き嫌いで言うと、7番は6番と並んで最も好きだ。(ちなみに好きな順に並べると、7、6、9、2、5、4、「大地の歌」、3、1、8の順番になる。)


マーラー交響曲第7番は「夜の歌」というミステリアスな標題で知られているが(マーラー自身が付けた標題ではない)、長い曲でもあり、マーラーらしく難解な部分もあり、クラシック音楽をはじめて聴く人にとっては取っ付きにくい曲かもしれない。音楽之友社の『作曲家◎人と作品マーラー』によれば、この第7番について以下のように書かれている。


マーラー (作曲家・人と作品シリーズ)

マーラー (作曲家・人と作品シリーズ)

「この第七交響曲は現在のマーラー・ブーム、あるいはすでに一時的なブームは終わり、彼の交響曲が完全にオーケストラ・レパートリーの中核を占めるようになった状況のなかにあって、第十交響曲とならぶ最後の未開拓地といえるだろう。(中略)第七交響曲の演奏回数はマーラー交響曲のなかで、今なお少ない部類に属する」(『作曲家◎人と作品マーラー』(村井翔著・音楽之友社


この本が書かれたのが2004年のことで、それから10年と少し。2016年現在は、その頃よりは演奏される機会も増えてきたが、それでもまだ5番や1番、6番ほどではない。


曲は、第二楽章と第四楽章に「ナハトムジーク(夜の音楽)」を配した、五楽章構成のシンメトリカルな構成となっている。五楽章構成のシンメトリカルな楽曲構成というのは、マーラーが好んでいた。5番でも行っているし、「花の章」付きの1番もそうだった。


この曲は静かに始まる。うっそうした、ただならぬ雰囲気の第一楽章。悪魔が舌を出して悪戯しそうな雰囲気の不気味な音楽だ。近づこうとしても近づけない、カフカの『城』に音楽を付けるとしたら、こんな音楽になるだろうか。旋律は覚えやすく親しみさえもてるものだが、親しみを持ってもよいのだろうか。どこか油断のならない音楽だ。そして、中間楽章を二つの「ナハトムジーク(夜の音楽)」が挟む。2つ目の「ナハトムジーク」では、マンドリンやギターなど、クラシック音楽では珍しい楽器も登場し、ミステリアスだ。最終楽章の明るさはいままでの流れは何だったのかと思わせる明るさで、寝ていたら、いきなり祭りが始まって叩き起こされたようで、戸惑ってしまう。ベートーヴェンの音楽のように、「暗」から「明」へ、闘争を経て勝利し歓喜に至る、という流れではなく、前4楽章とは無関係に明るい音楽で、これは解釈するよりも、音楽に身を委ねた方がいい。



ヤンソンスマーラーはとてもわかりやすい。わかりやすいから浅い、というのではないところがヤンソンスの指揮者として力を示している。曲を隅々まで分析したうえでの確固とした解釈が前提にあって、手綱は指揮者の手のうちにある。マーラーの難解さやややこしさをそのまま描き出すのではなく、しっかりと自分の音楽として構築する。全体的にテンポは速めだが、比較的自在で、メリハリが効いていてとても聴きやすい。スマートでスタイリッシュ、その上、魂の籠った熱演である。そうだ、ヤンソンスはこういう音楽をする指揮者だった。マーラー特有の毒が少ないという声があるかもしれないが、それは細部を克明に描いていった結果、曖昧な部分が露わになっただけなのかもしれない。これは純粋に優れた演奏で、私は好感を持った。


オーケストラもさすがに現代を代表する有力オーケストラだ。バイエルン放送交響楽団の音色はとても素晴らしく、明晰で、かつ、パワフルである。現代の最新鋭オーケストラの威力を実感する。