USHINABE SQUARE

クラシック名盤・名曲と消費 生活 趣味

神戸新開地・『グリル一平』のビフカツ

その日、私は休日で、朝から「ビフカツ(ビーフカツ)」を食べたかった。それも、近所で食べられるビフカツではなく、本場の「ビフカツ」を食べたかった。ビフカツとは簡単に言えばトンカツの牛肉版だが、肉が違うだけで、味も食感も値段もトンカツとは全然違う。私はトンカツも好きだが、ビフカツは、ロールプレイングのゲーム風に言うと、レベルが倍は違う。あるいはビフカツは「進化」、「覚醒」バージョンである。そんなビフカツの本場は神戸。本場で食べられるビフカツは他とは違う。できることなら本場で食べたい。


私は梅田から阪急電車に乗った。目的の店は特に決めず、漠然としたまま、三宮方面に向かった。


三宮に着く前に目的の店決まるかもしれない。もし決まらなければ、とりあえず降りてみて、そのときの気分で即決しよう。特に目的地を定めずに、車窓を眺めるというのは、日頃、カレンダーや手帳の日程・時間で行動していることから考えると、とても豊かな時間のように感じられた。


電車に乗った当初、私の頭をよぎったのは、三宮から近い元町にある『洋食ゲンジ』だった。『ゲンジ』なら間違いない。想像しただけで生唾が出てきたので、飲み込んだ。また、トアロードの『もん』も良いかもしれない。ビフカツを食べて、お土産にビフカツサンドを買って帰る。それはとても良いアイディアのように思われた。しかし私は財布に5,000円ほどしか入っていないことを思い出した。


一方で、行ったことのない店への渇望がわいてきた。神戸方面には、行ったことのない店がまだまだたくさんある。しかし、今日はクリームコロッケやエビフライやハンバーグではないのだ。ビフカツは、きちんと、定評があって、知っている店で食べたい。私のなかでのビフカツを食べたい欲求は頭のなかで巨大化していた。


その後、頭をよぎるのは『グリル一平三宮店』。あそこなら間違いない。しかし三宮店。三宮店というからには本店があるはずだ。どこだろう。『グリル一平』の本店は、新開地にあるはずだ。幸い私が乗った阪急電車の最終目的地は新開地だった。新開地。その響きはとても懐かしい。昔やっていたファミコンの『ポートピア連続殺人事件』というゲームがあって、私はゲームの中で、幾度となくその地名を行ったり来たりしていたのだ。ファミコンの性能を限界まで使用した一枚のドット絵が私の想像を掻き立てた。その地名の響きは、私のなかで郷愁にも似た淡い思い出を思い出させる。

 


私が乗った阪急電車は三宮を過ぎ、花隈を過ぎ、高速神戸を過ぎ、新開地に着いた。私は電車を降りて、地上に上がる。『ポートピア連続殺人事件』のドット絵の画面とは似ても似つかない、リアルな街並みが広がっていた。新開地の街並みは、大阪の新世界のようでもあり、千日前のようでもあり、それに港町らしい開放的な雰囲気が加わったような、独特な雰囲気を持っていた。メインストリートの左右には、風情というよりは、味のある街並みが広がる。


着いたのが早すぎたので、私は近所を散策する。落語の寄席で話題になった喜楽館。新開地にあったのだった。いかにも落語の好きそうな方々が吸い込まれていく。今日も公演が予定されていた。チケットもありそうだが、洋食を食べに来たのであった。



新開地商店街のアーケードを北へ歩き、南へ引き返し、時間となり私は店を訪れる。開店間もない時間なのにすでに先客がカウンターに一人とテーブルに一組いた。私がカウンターの席に座ると、店の人がメニューと水を持ってくる。こちらのお店では、ビフカツは、メニュー名では、「ヘレ・ビーフカツ」と書かれている。100グラムと130グラムを選ぶことができて、前者は1,600円、後者は2,100円だった。私は迷わず2,100円の130グラムを選択した。昼に2,100円とは高価だが、ビフカツの値段である。大体このくらいはかかる。


私が待っている間、続々と客が入って来る。とはいっても、行列ができるほどはない。スーツ姿や普段着。一人客も多く、多くても二人客まで。グループ客はあまり見当たらない。この辺りに働きに来ている人が昼食をとりに来ているようだった。みんながビフカツを注文しているわけではなく、多くの人はリーズナブルなランチを食べていた。



私はカバンを開いて、デジカメを設定したり、スマホをチェックしたりしていた。それほど待たされないうちに、料理が運ばれてくる。


付け合わせの野菜。ポテトサラダ風のマッシュポテト。ショートパスタがお洒落である。


嬉しい外食。ビフカツを食べる。ソースはコクがあって、やや苦みがあって、老舗洋食店らしく、歴史の豊かさを感じさせるものだった。ナイフとフォークを使用して肉を切るが、箸でも切れそうな柔らかさだ。衣の中の牛肉はミディアムレアで、旨みたっぷり。噛みしめる度にさらにおいしくなっていくグミを噛んでいるような食感。



アップで。『食べログ』だったら、肉の断面を撮影したりするのだろう。食べている途中で撮影すると、食べることに集中できなくなってしまうので、いつも撮影できないでいる。前述したように、肉の断面は、ミディアムレアの赤色である。その旨みたっぷりのビフカツに、秘伝のソースがたっぷりかかっているのが嬉しい。ナイフとフォークで切り分けて、口に入れる。ビフカツが口の中に残っているうちに、ライスを食べる。至福の時間。130グラムにして正解だった。


ビフカツを食べていつも思うのは、豚肉が牛肉に変わっただけで、トンカツとはどうしてこんなにも違うものなのかということだ。例えば肉を焼いたときにも豚肉と牛肉は違うが、衣に包んで揚げると、さらにその違いが増幅される。レベル倍増である。何に似ているということもなく、ビフカツはビフカツとしか表現のできない食べ物だ。この一食のために、三宮や神戸を越えて、新開地まで来たのだった。


私は料理をすべて食べ終え、会計を済ませて店を出る。往復1,000円以上も使って、わざわざ新開地まで来た甲斐があった。

【グリル一平 新開地本店】

住所:兵庫県神戸市兵庫区新開地2-5-5 リオ神戸 2F
営業時間:11:30~15:30(L.O.)/17:00~20:30(L.O.)
定休日:木曜(※祝日時は水曜振替)、第3水曜