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M.J.Q.『たそがれのヴェニス』


M.J.Q.(モダン・ジャズ・カルテット)の『たそがれのヴェニス』を聴いている。昔、イタリア旅行で訪ねたヴェネツィアのことを思い出す。


たそがれのヴェニス<SHM-CD>

たそがれのヴェニス


ヴェネツィア・サンタルチア駅を降りると、既に磯の香りがしている。駅を一歩出ると大運河が視界に入る。ヴェネチアの大運河カナル・グランデに架かる橋は全部で三本ある。そのうちの一本、スカルツィ橋を渡り、いよいよベネツィア本島の路地に足を踏み入れる。路地から路地へ。広場から広場へ。小さな橋や大きな橋を渡り、運河から運河へ。水上バスを乗り継ぎ、市場を巡り、滞在していた4日間、宛てもなく歩いた。迷ったら、とりあえずサンマルコ広場を目指した。ヴェネツィア本島内には車が一台も走っておらず、移動は、徒歩か水上交通のみ。バイクを使ったスリに気を付けないで済むのが嬉しかった。21世紀にこんな都市が成立していることが信じられなかった。


夏のハイシーズンで宿を探すのに苦労した。私は、駅から徒歩15分くらいのところに宿を見つけた。冷房はなく窓が開放されていた。蒸し暑く、蚊が多かった。イタリアの蚊が容赦なく私を刺した。私はベネツィアに4日日滞在し、朝から晩まで、端から端まで歩き回った。ある日は、水上バスの行き先を間違って乗ってしまい、リド島まで連れていかれた。リド島の波止場に着いたとき、島内では車が走っていた。それが当たり前なのにその光景が珍しかった。たそがれ時、みるみるうちに空がどんよりとしてきて、急な雨に襲われた。すぐに豪雨となる。傘を持っていない私は、雨に打たれた。


その日の夕食はホテルの近くのレストランでとった。前菜とパスタの店だった。イカフリットボンゴレを食べた。小さな店で、活気もそれほどなく、地元の人の胃袋を満たすためだけにあるような店だったが、味は確かだった。最後にデザートとエスプレッソを注文した。コカ・コーラの瓶を模した看板が軒先に立てられていた店だった。


M.J.Q.の『たそがれのヴェニス』は、ロジェ・バディム監督の『大運河』の映画音楽として録音された。初期の名盤だ。彼らのオルバムの中では、名盤である『コンコルド』、『ジャンゴ』ほどの知名度はないアルバムだが、私はこのアルバムを愛してやまない。駄作がないといわれる、M.J.Q.のアルバムのなかでも、私が一番好きな作品だ。

モダン・ジャズ・カルテット(M.J.Q)『たそがれのヴェニス


1. ゴールデン・ストライカ
2. ひとしれず
3. ローズ・トルク
4. 行列
5. ヴェニス
6. 三つの窓


スマートでアイディアに富んだ『ゴールデンストライカー』。1950年代という時代を感じさせない。年代物なのに開けたら新鮮な味に驚くワインのようだ。


『ひとしれず』は、穏やかな曲が、最後に盛り上がりを見せる。


『ローズトルク』では、哀愁漂うテーマがリズミカルに演奏される。


そしてこのCDの中心的な楽曲と言える『ヴェニス』。私がヴェニス旅行に行ったのは随分前のことだが、社内放送でイタリア語の特徴的なアクセントで、「次はヴェネツィア・サンタルチア」と放送されたとき、この曲が頭の中で鳴っていた。これから始まる旅への期待。素晴らしい旅になるに違いないという興奮。私の中で旅のテーマソングとなっていた。


M.J.Q.のスタイルは端正で知的だ。ジャズというイメージでよりも、イージーリスニングのイメージでも聴くことができるが、音楽的には実はすごいことをやっている。対位法的で、クラシカルで、そつがなく、魂は熱い。バッハが1950年代のアメリカにに生きていたらこういう音楽をやったかもしれない。ヴァイブラフォンのミルト・ジャクソンは燃えている。ピアノのジョン・ルイスはクールで、気が利いている。彼らが奏でるハーモニーと、テクニカルなアドリブの連続に心が躍る。


目を閉じて聴いていると、あの夏のイタリアの風景を思い出す。