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神戸新開地・『グリル一平』のビフカツ

その日、私は休日で、朝から「ビフカツ(ビーフカツ)」を食べたかった。それも、近所で食べられるビフカツではなく、本場の「ビフカツ」を食べたかった。ビフカツとは簡単に言えばトンカツの牛肉版だが、肉が違うだけで、味も食感も値段もトンカツとは全然違う。私はトンカツも好きだが、ビフカツは、ロールプレイングのゲーム風に言うと、レベルが倍は違う。あるいはビフカツは「進化」、「覚醒」バージョンである。そんなビフカツの本場は神戸。本場で食べられるビフカツは他とは違う。できることなら本場で食べたい。


私は梅田から阪急電車に乗った。目的の店は特に決めず、漠然としたまま、三宮方面に向かった。


三宮に着く前に目的の店決まるかもしれない。もし決まらなければ、とりあえず降りてみて、そのときの気分で即決しよう。特に目的地を定めずに、車窓を眺めるというのは、日頃、カレンダーや手帳の日程・時間で行動していることから考えると、とても豊かな時間のように感じられた。


電車に乗った当初、私の頭をよぎったのは、三宮から近い元町にある『洋食ゲンジ』だった。『ゲンジ』なら間違いない。想像しただけで生唾が出てきたので、飲み込んだ。また、トアロードの『もん』も良いかもしれない。ビフカツを食べて、お土産にビフカツサンドを買って帰る。それはとても良いアイディアのように思われた。しかし私は財布に5,000円ほどしか入っていないことを思い出した。


一方で、行ったことのない店への渇望がわいてきた。神戸方面には、行ったことのない店がまだまだたくさんある。しかし、今日はクリームコロッケやエビフライやハンバーグではないのだ。ビフカツは、きちんと、定評があって、知っている店で食べたい。私のなかでのビフカツを食べたい欲求は頭のなかで巨大化していた。


その後、頭をよぎるのは『グリル一平三宮店』。あそこなら間違いない。しかし三宮店。三宮店というからには本店があるはずだ。どこだろう。『グリル一平』の本店は、新開地にあるはずだ。幸い私が乗った阪急電車の最終目的地は新開地だった。新開地。その響きはとても懐かしい。昔やっていたファミコンの『ポートピア連続殺人事件』というゲームがあって、私はゲームの中で、幾度となくその地名を行ったり来たりしていたのだ。ファミコンの性能を限界まで使用した一枚のドット絵が私の想像を掻き立てた。その地名の響きは、私のなかで郷愁にも似た淡い思い出を思い出させる。

 


私が乗った阪急電車は三宮を過ぎ、花隈を過ぎ、高速神戸を過ぎ、新開地に着いた。私は電車を降りて、地上に上がる。『ポートピア連続殺人事件』のドット絵の画面とは似ても似つかない、リアルな街並みが広がっていた。新開地の街並みは、大阪の新世界のようでもあり、千日前のようでもあり、それに港町らしい開放的な雰囲気が加わったような、独特な雰囲気を持っていた。メインストリートの左右には、風情というよりは、味のある街並みが広がる。


着いたのが早すぎたので、私は近所を散策する。落語の寄席で話題になった喜楽館。新開地にあったのだった。いかにも落語の好きそうな方々が吸い込まれていく。今日も公演が予定されていた。チケットもありそうだが、洋食を食べに来たのであった。



新開地商店街のアーケードを北へ歩き、南へ引き返し、時間となり私は店を訪れる。開店間もない時間なのにすでに先客がカウンターに一人とテーブルに一組いた。私がカウンターの席に座ると、店の人がメニューと水を持ってくる。こちらのお店では、ビフカツは、メニュー名では、「ヘレ・ビーフカツ」と書かれている。100グラムと130グラムを選ぶことができて、前者は1,600円、後者は2,100円だった。私は迷わず2,100円の130グラムを選択した。昼に2,100円とは高価だが、ビフカツの値段である。大体このくらいはかかる。


私が待っている間、続々と客が入って来る。とはいっても、行列ができるほどはない。スーツ姿や普段着。一人客も多く、多くても二人客まで。グループ客はあまり見当たらない。この辺りに働きに来ている人が昼食をとりに来ているようだった。みんながビフカツを注文しているわけではなく、多くの人はリーズナブルなランチを食べていた。



私はカバンを開いて、デジカメを設定したり、スマホをチェックしたりしていた。それほど待たされないうちに、料理が運ばれてくる。


付け合わせの野菜。ポテトサラダ風のマッシュポテト。ショートパスタがお洒落である。


嬉しい外食。ビフカツを食べる。ソースはコクがあって、やや苦みがあって、老舗洋食店らしく、歴史の豊かさを感じさせるものだった。ナイフとフォークを使用して肉を切るが、箸でも切れそうな柔らかさだ。衣の中の牛肉はミディアムレアで、旨みたっぷり。噛みしめる度にさらにおいしくなっていくグミを噛んでいるような食感。



アップで。『食べログ』だったら、肉の断面を撮影したりするのだろう。食べている途中で撮影すると、食べることに集中できなくなってしまうので、いつも撮影できないでいる。前述したように、肉の断面は、ミディアムレアの赤色である。その旨みたっぷりのビフカツに、秘伝のソースがたっぷりかかっているのが嬉しい。ナイフとフォークで切り分けて、口に入れる。ビフカツが口の中に残っているうちに、ライスを食べる。至福の時間。130グラムにして正解だった。


ビフカツを食べていつも思うのは、豚肉が牛肉に変わっただけで、トンカツとはどうしてこんなにも違うものなのかということだ。例えば肉を焼いたときにも豚肉と牛肉は違うが、衣に包んで揚げると、さらにその違いが増幅される。レベル倍増である。何に似ているということもなく、ビフカツはビフカツとしか表現のできない食べ物だ。この一食のために、三宮や神戸を越えて、新開地まで来たのだった。


私は料理をすべて食べ終え、会計を済ませて店を出る。往復1,000円以上も使って、わざわざ新開地まで来た甲斐があった。

【グリル一平 新開地本店】

住所:兵庫県神戸市兵庫区新開地2-5-5 リオ神戸 2F
営業時間:11:30~15:30(L.O.)/17:00~20:30(L.O.)
定休日:木曜(※祝日時は水曜振替)、第3水曜

ショパンの舟歌のプレイリストを作って聴く

ショパン舟歌が好きで、クラシック音楽を聴きはじめてから今日に至るまでずっと聴いている。

あまりに好きなので、私はiTunesで、お気に入りの様々なピアニストによって演奏される、「舟歌だけのプレイリスト」を作っている。軽い気持ちで聴き流すと、いつの間にか聴き浸ってしまい、この音楽の持つ流れるようなリズムと、叙情的な旋律に、身を委ねることになる。


◇  ◇  ◇


ショパン:4つのバラード、幻想曲、舟歌

ショパン:4つのバラード、幻想曲、舟歌

最初は、クリスティアン・ツィマーマン。一言で言うと完璧主義者の舟歌だ。私がショパンに夢中になったのは彼のショパンを聴いたからであることを思い出した。クリスタルのように澄んだ音色。完璧なテクニック。絶妙なテンポ。詩的で、エレガントで、ノーブル。これを聴いて、嫌いになる人はいないだろう。万人にとって最良となり得る演奏。

ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ 第2番/ショパン:ピアノ・ソナタ 第2番、他

ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ 第2番/ショパン:ピアノ・ソナタ 第2番、他

エレーヌ・グリモーは男性ピアニストと比べても勝るとも劣らない力強いタッチが中性的で、フランス人なのにドイツ風の骨太な演奏がとても良い。

プレイリストは、ルービンシュタインの演奏する到達する。ルービンシュタインの演奏は、度量が大きな人のように、安心感がある。豊かな音色には、豊かな人生が反映している。実に堂々としていて、揺るぎない信頼感がある。

ボジャノフ ワルシャワ・ライヴ (Live in Warsaw / Evgeni Bozhanov plays Chopin, Schubert, Debussy, Scriabin, Liszt) [輸入盤]

ボジャノフ ワルシャワ・ライヴ (Live in Warsaw / Evgeni Bozhanov plays Chopin, Schubert, Debussy, Scriabin, Liszt) [輸入盤]

エフゲニ・ボジャノフの演奏は、個性的だ。覚醒的で、緻密で、非常に解像度の高い写真のような演奏となっている。それでいて独特のスケール感を持っており、まるで交響曲を聴いたような満足度のある演奏である。ボジャノフは、ピアノの達人で、テクニックは憎らしいほど完璧。解釈は確信的。この演奏からはショパンが「ピアノの詩人」であるとは思えない。一般的にイメージするショパンの演奏とは確かに違っているのだが、聴き終わったときにこちらのイメージを塗り替えるような力強さを持っている。とても聴きごたえのある演奏となっている。

デビュー・リサイタル

デビュー・リサイタル

マルタ・アルゲリッチ。この演奏はデビューリサイタルからのものだ。聴いていて強く感じるのは、これは舟歌のリズムではなく、アルゲリッチのリズムだということだ。独特のタッチ。独特のテンポ。少し聴いただけでわかるアルゲリッチ特有の音。彼女だけの音楽。いてもたってもいられなくなるような、掻き立てられるような、焦らされるような、強烈な求心力を持った音楽。悪魔に魅入られたように、彼女から発せられる音楽に支配される。鮮烈で、魅惑的な舟歌

ワルシャワ・リサイタル~バレンボイム・プレイズ・ショパン

ワルシャワ・リサイタル~バレンボイム・プレイズ・ショパン

ダニエル・バレンボイム。新しい録音なので音質が素晴らしい。まるで空気の震えまで収まっているかのような臨場感。現代を代表する指揮者としても有名なバレンボイムはピアニストとしても現代を代表する存在だ。この演奏はピアノを、ショパンを、観客を知り尽くしている、という感じで、私などは軽く捻られる。かといって蓄積や昔の財産で食っているような嫌みはなく、最高のパフォーマンスを出すための真摯な姿勢が見える。レストランで高価なワインを注文すると大抵満足する。定評のあるものは大抵素晴らしいものだ。高価なバレンボイムのリサイタルに行った気分が味わえる。


◇  ◇  ◇


そうやって沢山のピアニストの舟歌を聴いていると、舟歌のノスタルジックな旋律に乗って、ピアニストの生きざまのようなものが伝わってくる。私はピアノの演奏はできないし、聴くばかりだが、音楽を通して伝わってくる彼らの人生の豊かさみたいなものひしひしと伝わってくる。

巨匠・バレンボイムの次は、若いピアニストが待っている。

Chopin: Mazurkas Op.56, Nocturne in B Major, Scherzo in E Major, Piano Concerto in E Minor Op. 11

Chopin: Mazurkas Op.56, Nocturne in B Major, Scherzo in E Major, Piano Concerto in E Minor Op. 11

ダニール・トリフォノフ。瑞々しくて、若い。コンクールの演奏なので、観客の緊張感みたいな雰囲気がある中で、若いピアニストが果敢に、怖いもの知らずで攻めている。作品への没入は周りが見えなくなるほどで、途中で彼の演奏を止めることはできない。ピアノに没入し、存在を消していくのにしたがって、現れ出る音楽の影は次第に巨大化していく。瑞々しいエネルギー、繊細きわまりないタッチ、高い音楽性が高度に結晶した素晴らしい演奏を聴くことができる。

トリフォノフは別の演奏もプレイリストに入れている。このアルバムのメインは、ゲルギエフが指揮するチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番だが、舟歌カップリングされている。コンクールではないので、ややリラックスした気持ちで弾いているのだろう。演奏はやや丸くなっており、技術的にも完璧だが、私はコンクールの方の、粗削りではあるが、個性が前面に出た演奏が好みだ。

ショパン:スケルツォ全曲、子守歌、舟歌

ショパン:スケルツォ全曲、子守歌、舟歌

マウリツィオ・ポリーニは基本的にアスリートだと思う。ツィマーマンが「柔」であればポリーニは「剛」。すべての音符を平等に音楽にしていく迫力。前に向かう推進力。テクニックに優れたピアニストはポリーニ以降も現れたが、彼の、鉄のような意思を感じるような、苛烈なピアニストは見たことがない。

ラファウ・ブレハッチI

ラファウ・ブレハッチI

ラファウ・ブレハッチ。最後には、最もショパンらしい演奏をプレイリストに入れている。ブレハッチは、ツィマーマンと同じようにポーランド人であり、美しい音色や繊細なタッチが共通するが、全然違う香りがするのはなぜだろう。ブレハッチのピアノには骨董品のような素朴な輝きがある。ブレハッチは、ツィマーマンほど完璧主義的ではない。例えばツィマーマンがリサイタルに自分のピアノを持ち込んでホールの音響を考慮して徹底的に調整するのはよく知られているが、ブレハッチはそこまでしないだろう。あるいはどこのコンサートホールに備え付けのピアノでも、自分らしい音を聴かせるのではないか。ロマンチストであり、高度なテクニックを持つ、同じポーランド人なのに、両者の演奏は全く異なる。しかしどちらもショパン舟歌のとても優れた演奏となっている。

このようにプレイリストで音楽を流していくとあっという間に時間が過ぎていく。

京都国立近代美術館・『東山魁夷展』・会期終了間際の平日

京都国立近代美術館で行われている『東山魁夷展』に行ってきた。

 

8月29日から行われていたので、そのうち行けるだろうと思っていたら、もう会期終了間際。この三連休で終わってしまう。

 

東山魁夷といえば、私は以前に長野市の『長野県信濃美術館・東山魁夷館』に行って以来のファンで、画集も持っている。現在、私が一番好きな画家かもしれない。今回の展覧会は、彼の生誕110年という大規模な回顧展で、これは今回の機会を失したら、次はいつになるのかわからない。

 

kaii2018.

exhn.jp

私は金曜日が休みだったので、早起きして京都まで行ってきた。平日なのでそこまで混んでいないと予想していたが、万が一、チケット売り場が混雑していたら、出鼻をくじかれるので、私は予めローソンチケットでチケットを購入していた。

 

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京都市営地下鉄東山駅で降りて地上に上がり、三条通を少し歩き、神宮道のところで左に曲がる。そうすると平安神宮の大鳥居が見えてくる。左右に割烹やうどん屋、和菓子屋、高級そうなマンションが整然と立ち並ぶ神宮道を北に向かって歩く。左手に今回の会場である京都国立近代美術館があり、右手には京都市美術館がある。京都市美術館は現在改装に向けた工事を行っている。

 

チケット売り場の人だかりはまばらで、行列にはなっていなかった。しかし土日祝の三連休はどうなっているのか想像がつかない。

 

東山魁夷展』は3階から始まる。階段で上るが、エレベーターの出口から入る入口と、階段から入る入口と、2ヵ所になっており、階段からの方は、狭いうえに、右に行くのか左に行くのかはっきりせず、最初の導線に躓いている印象で、団子状態となっている。しかし、そこを抜けると、混雑してはいるが、数珠つなぎというほどではなく、しっかりと絵と向き合って鑑賞することができた。

 

◇  ◇  ◇

 

展覧会の構成は、『1.国民的画家』、『2.北欧を描く』、『3.古都を描く・京都』、『4.古都を描く・ドイツ、オーストリア』、『5.唐招提寺御影堂障壁画』、『6.心を写す風景画』の全6部構成となっている。

 

まず入ってすぐの左手に『残照』がある。そして右を向くと『道』が見える。全部が有名作品と言っても過言でないほど、よく知られている作品ばかりだが、繊細な筆遣い、微妙な色遣いといい、実物大の大きさから得られる迫力といい、原画に触れることの経験の大きさを感じるものだった。どちらの絵も東京国立近代美術館の所蔵で、私にとっては原画は所見だった。

 

続いて『北欧を描く』、北欧シリーズでは、『映象』、『冬華』が心に残った。この日は一日、蒸し暑い日だったが、このエリアは心情的にとても寒く凍えるようだった。

 

『古都を描く・京都』シリーズでは、『花明り』の前でしばらく足を止める。円山公園の夜桜を描いたこの作品のように美しくて幻想的な桜は写真でも見たことがない。そして、光悦寺の茶室を囲む光悦垣を描いた『秋寂び』。『年暮る』では、京都の年の暮れの雪景色が描かれている。京都に住んでいた時、年末、こんな雪の時があったと思い出した。『東福寺庭』。私は趣味で写真をやるので、こういう構図がとても勉強になる。こういうふうに切り取るのかと。相当思い切っている。なのにこれ以上思いつかない。『散紅葉』。こちらも光悦寺の紅葉が描かれている。

 

『古都を描く・ドイツ、オーストリア』シリーズでは、私が特に好きな作品たちと出会う。私は日本の写真家が撮影した西洋の写真がとても好きで、それは理由が何なのかわからないが、同じように、日本の画家が描いた西洋の絵がとても好きだ。『晩鐘』、『窓』、『霧の町』『静かな町』。私の中では、モーツァルトの音楽が流れていた。

 

唐招提寺御影堂障壁画』シリーズは圧巻だった。何しろ唐招提寺の御影堂内部を再現してしまったのだ。まず、鑑真の故郷である揚州の風景を描いた水墨画は、初めて挑戦したということだが、初めて云々というレベルではない。同じスタイルである。真の巨匠は道具を問わない。鑑真が渡って来た海を描く『濤声』。そして『山雲』の前に立った時、私は美術館の中ではなく、霧の中、和歌山県の熊野あたりの山中にひとりぽつんと立たされているような錯覚を覚えた。圧倒的なリアリティを持った傑作で、自然の声を聞いたようだった。

 

これで3階の展示は終了となり、4階に階段で上る。

 

4階の展示は、これまでの展示と比べて数は少ないものだったが、『心を写す風景画』というテーマで、印象的な作品が多かった。『白馬の森』、『草青む』、『緑の窓』、『行く秋』、『木枯らし舞う』がよかった。

 

全体的を通してみると、私が好きな作品ばかりだったということもあるが、今年行った中で、ベストの展覧会に挙げたい。平日にしては混雑していたが、ゴッホ展や、フェルメール展、伊藤若冲展などのハイパー(スーパー)混雑の催しと比べると、全然ましだった。十分に足を止めて、時間をとって、絵に集中できる。しかしそれも京都での話。より多くの人が集まる東京ではその限りではないのかもしれない。

 

とても素晴らしい展覧会に、会期終了間際だったが、行くことができて良かった。しかしあまりにも素晴らしかったので、東京での展覧会にも行きたい気持ちになっており、困っている。

『はてなダイアリー』から『はてなブログ』へ移行しました

本日、『はてなダイアリー(以下、ダイアリー)』から『はてなブログ』へ移行しました。

ブックマークの変更をお願いします。

ushinabe1980.hatenadiary.jp

2006年から『ダイアリー』でクラシック音楽を中心とするブログを書いてきましたが、2019年春に『ダイアリー』のサービスが終了することとなり、『はてなブログ』に移行しました。記事やコメントの移行は問題なく行うことが出来ましたが、リンクが消えていたり、カテゴリーの順序が崩れていたりするので、これから細かい調整が必要です。

移行して間もないのですが、徐々に直していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

心斎橋『ばらの木』


久しぶりに心斎橋の『ばらの木』に行った。


以前には時々行っていたが、何年ぶりだろう。この周辺を歩くことが少なくなって、めっきり行くことがなくなったのだ。


その日、私は休日で、梅田から難波まで歩く途中だった。地下鉄御堂筋線であれば10分少々で到着する距離をわざわざ歩くのは何故か。そこに御堂筋があるからだ、と答えてみたところ、全く格好がつかない。特に理由もないのに私は時々、梅田から難波まで御堂筋を歩いている。距離にすると大したことはないのだが、クリアした時に、何か達成感のようなものがあって、難波のグリコの看板を過ぎて、高島屋なんば店まで辿り着くと、大した成果でもないはずなのに、多少の充実した気持ちを抱くことができる。それは、「淀屋橋から大国町まで」や、「本町から昭和町まで」では得られないタイプの達成感で、「梅田から難波」というのが別格であって、キタの梅田とミナミの難波というのが収まりもよく、両者をだいたい一本の線で結ぶ御堂筋を徒歩で歩くというのが、休みの日の小さな楽しみとなっている。



『ばらの木』は心斎橋なので、行程の四分の三を過ぎた辺りにある。昼時をやや過ぎていたため、店の外まで閑静な雰囲気が漂っていた。不思議なもので、中を見なくてもなんとなくそういう雰囲気は伝わってくるものだ。


店にはいると先客は若い男性客が一人だけ。その後、それほどしないうちに私一人となる。


カウンターだけの店で奥行きがある。照明は暗めで、食器が壁際の棚に高い密度で並べられている。地震があったら一発で全部落ちるだろうというギリギリのところで並べられている。大阪の地震後のことだったが、大丈夫だったのだろうか。


私はメニューからそれほど悩まずに今日の注文を決めた。昼でもメニューは豊富だが、私はハンバーグと真鯛のクリームコロッケのセットを注文する。エビフライが大変おいしいのを知っていて捨てがたかったが、久しぶりなのでよく注文していたものを注文した。


ハンバーグを焼く「ジューッ」という音だけが、静かな店内に響く。料理を待っているのは、私しかいないので、私のためのハンバーグが焼かれている。



まずは本汁のスープが提供される。ジャガイモの冷製スープだ。ジャガイモの冷製スープは確かビシソワーズというのではなかっただろうか。私はジャガイモの冷製スープがとても好きなので、あっという間に飲んでしまう。



その後、メインの皿が提供される。ハンバーグと真鯛のクリームコロッケと生野菜が一枚の皿に盛り付けられている。真鯛のクリームコロッケにはタルタルソースがかかっていて、レモンも添えられている。



ハンバーグは繋ぎ少な目のとても柔らかいもので、ファミレスのハンバーグとは一線を画す。その日に使う分だけを、店でミンチにし、こねて、焼く。このハンバーグは大変おいしく、ハンバーグというもののイメージの基準となるようなものだ。ソースは苦めの大人のソースで、この辺もとても好みだ。


梅田から歩いて、少し疲れた上に、私は空腹だった。こんな日は洋食がぴったりだ。


真鯛のクリームコロッケは、結構他では見ない珍しいものだが、こちらの店ではずっと以前からメニューにある。サクサクの衣をかじるとホワイトソースの濃厚な旨みが口に広がる。真鯛はたっぷり入っていて、ソースと抜群の調和を見せる。もっとたくさん食べたいが、大きさは上品なレベルで、また次に食べたいと期待させる。


食べ終わると、もう客は来ない雰囲気だった。やがて店も昼の営業を終え、夜の営業に備えるはずだった。私は会計を済ませる。マスターが扉を開けてくれ、最後の客となった私は充実した気持ちで店を出る。




外は暗い店内と打って変わって、眩しい太陽が通りを照らしていた。私は難波までの最後の行程を済ませるべく歩き出した。

『グリルばらの木(ばらのき)』
住所:大阪府大阪市中央区東心斎橋1-16-14ばらの木ビル1F
営業時間:11:30〜15:00/17:30〜21:00(O.S.)
定休日:月曜日

サザンオールスターズ『海のOh, Yeah!!』


8月1日に発売されたばかりのサザンオールスターズのニュー・ベスト・アルバム『海のOh, Yeah!!』を聴いている。前作のベストアルバム『海のYeah!!』は1998年の発売で、初めて聴いたときのことを思い出せるくらい鮮明で、近い過去のように感じていたのだが、あれから20年も経ったのか。



折角のサザンのアルバムということで、大きなイベントに臨むような姿勢がこちらにはあるのだが、その気持ちを空回りさせる、イカした(←1998年時点で死語)ジャケット。前作が「海の家」、今作が「生みの親」。タイトルからふざけて、言葉遊びをして遊んでいて、楽しい。


1曲目の『TSUNAMI』から2曲目の『LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜』の並びなんて最高だ。冒頭から飛ばしている。サザンの最高傑作クラスの曲を続けて聴けていいのだろうか。


「これだよ、これ」と心の中で頷く。サザンの音楽が、自分を形作る要素のうちの一つだったと思えるくらい、気持ちの中に入って来る。コンサートにも行かず、オリジナルアルバムもそれほど熱心に聴かない自分を棚に上げて、「そうだ、私は何年もサザンを待っていたのか」と言ってみたい。そして、サザンの音楽が暫く心の中に居座っている。


聴きはじめたら最後。日本のポップスの財産とも言える名曲揃い。


一枚目を聴き終えたとき、あまりの傑作揃いに驚愕したところ、二枚目もそれに勝るとも劣らないテンション、曲のよさで、震えた。


誰もが知っている曲や、ひたすら美しい曲、しみじみとした味わい深い曲、泣ける曲、何故か引っ掛かる曲、極上のキワモノまで、それぞれ違った魅力を持つ珠玉の33曲。一曲たりとも捨て曲なし。感情は揺さ振られ続ける。迫力に押され、最後まで通して聴いてしまう。


海のYeah!!

海のYeah!!


再び取り出してきた前作『海のYeah!!』と合わせて、聴きまくり、この夏を乗り切ろうと考えている。

寝落ちに最適なイヤホン(寝ホン)


早めにベッド(布団)に入り、好きな音楽を聴きながら、そのまま睡魔に負けて、眠りに落ちる。覚醒と睡眠の境目はぼんやりとしている。両者の輪郭は曖昧で、音楽が次第に遠ざかっていく。そのまま意識を失い、無の世界へ。最高である。


今日はそんな寝落ちに最適なイヤホン、「寝ホン」を選んでみた。


イメージとして、カナル型はあまり良くないというのがある。横になったとき耳が痛くなる。しかしカナル型でも「寝ホン」としてしっかり機能したものもある。インナーイヤーでも寝落ちに適したものは限られている。


apple純正『EarPods』


Apple EarPods with 3.5mm Headphone Plug/ MNHF2FE/A

Apple EarPods with 3.5mm Headphone Plug/ MNHF2FE/A


iPhoneにも標準で付属するイヤホンが馬鹿にできないのである。登場以来、評判も良く、音質もそこそこ良くて、装着感も最高。これで決定版、となると話が続いていかないので、より良いものを探し求める旅は続く。


ゼンハイザー『MX475』



寝るときに使用するイヤホンを探し始めた頃、インナーイヤーのものを探していて、ゼンハイザーから選んだが、「寝ホン」としてはダメだった。ハウジング部分のうち耳から外側の部分が大きく重くて、また持ちにくい形状をしているため、外れやすく、元に戻しにくかった。耳に入っている部分が半分、耳から出ている部分が半分、というイメージで、どうしてこんなにフィットしにくいデザインになっているのだろうか。インナーイヤーだから良いというわけではない一例として挙げた。しかし、音質はなかなか良い。3,000円弱で買うことができるレベルを超えている。


また同じく、インナーイヤーのタイプで、JVC(旧ビクター)の「グミホン」シリーズも使用したが、至って普通のイヤホンという感じで、満足に至らなかった。


AKG『Y20』




カナル型なのに圧迫感はそれほどでもなくて合格点。2,000円強という廉価の価格帯なのに、音質がなかなか良い。低音の量感もじゅうぶんで、『EarPods』よりは音の分離に優れ解像度が高く、よりダイレクトに音楽が届いてくるイメージがある。なのに耳を横にして寝ていてもカナル型としては許せるレベルで、痛くはならない。いまでも日によっては取り出してきて使用している。



合わせて、別売りのケースも購入。


■フィリップス『SHE4205WT』



PHILIPS SHE4205 イヤホン インナーイヤー ホワイト SHE4205WT【国内正規品】

PHILIPS SHE4205 イヤホン インナーイヤー ホワイト SHE4205WT【国内正規品】


最高。これこそ探し求めていた「寝ホン」。音の傾向は『EarPods』と同様に雰囲気重視だが、本体がさらに小型。これは寝落ちのために開発されたのではないかと想像するくらいだ。耳に穴の部分に置いておく、というイメージで圧迫感はなし。まったく邪魔にならない。外れやすいという声もあるようだが、睡魔が訪れ、音楽が邪魔になってくる頃に自然に外れている。自分で無意識に外しているのではないかと思われるが、すぐに外れるのが良い。購入してから、ほとんどこちらを使用している。いま怖れているのは、生産中止になることだ。家電メーカーに限らず、最近は、顧客の満足度や、クオリティの高さと関係なく、すぐに生産中止になってしまう。そのため、一生ものとして、もう二つくらい購入しようかと思っている。

大阪上町『中華そばうえまち』


先日、大阪でよく知られているラーメン店『中華そばうえまち』に行ってきた。私はラーメン店巡りをするようなマニアでは全くないが、この店のことは知っていた。関西のグルメ情報紙『あまから手帳』に掲載された店をまとめた『大阪ミナミ100選』に、この店が載っていたのだ。店主は大阪の名店、ラーメン好きなら誰でも知っている『カドヤ食堂』の出身。


写真で見るラーメンの美しさに、いつか行って見たいものだと思っていたのだった。


大阪ミナミ100選―決定版 (クリエテMOOK あまから手帖)

大阪ミナミ100選―決定版 (クリエテMOOK あまから手帖)


大阪市内で家からも遠くないので、いつでも行けるが、いつでも行けるということで、行かないままになっていた。それが先日、特に予定もない休日があって、いよいよ出掛けて行った。


私は、開店直後を狙って向かう。しかし、グーグルの経路検索などできちんと乗る電車を決めず、焦って速足などで歩いたりしなかったので、着いた頃にはすでに開店時間を過ぎていた。店の外にもう3名待っていた。私はその後に続く。さらにその後、私の後に3人4人5人目が続いていった。ラーメン店なので、回転は早く、20分もしないうちに、私の前には誰もいなくなる。


いよいよ私の順番が来て店内に案内される。店内はカウンターのみで全部で8席。しかし、外から想像するよりも奥行きがずっと広い。横の席との幅が広く確保されている。よく人気店でも隣の席との距離が近くて肘同士が当たりそうな店が多く、そういう店は私はあまり得意ではない。ひしめき合っている感じがどうも苦手だ。その点こちらは距離が広くて良かった。自分のスペースが保障されていると、味に集中できる。私は850円の中華そばを注文する。


常連らしい客が、店主と何やら世間話をしている。その常連客の前には瓶ビールがあった。ご飯ものと中華そばでチビチビやっていた。飲もうと思えば昼からビールを注文することもできるのだと知った。他の客は、この周辺のサラリーマンと、40代後半くらいのカップル(夫婦?)。醤油以外にも、塩ラーメンを食べている人もいる。「塩」という手もあったのか。醤油ラーメンの店というイメージがあって、醤油を食べたくて来たので、塩という発想はなかった。



そのうち私の中華そばが出来上がる。その肝心の味だが、文句なく美味しい。これこそスタンダードな『ザ・醤油ラーメン』というものだった。スープは、醤油の一番美味しい面を引き出している。麺はやや柔らか目で、優しさが溢れている。チャーシューは脂身付きの肉厚なチャーシューが一枚。これだけをご飯に乗せて食べたいレベルのチャーシューだ。メンマもありきたりではないような気がする。とにかく、一つ一つがいちいち美味しい。


先述した『大阪ミナミ100選』によれば、スープは「大和肉鶏、黒さつま鶏「黒王」、霧島高原純粋黒豚を使用」と書かれている。高級食材。麺は自家製の平打ち麺。歯ごたえが凄くあるというタイプではなく、のどごし重視のツルツルのタイプ。ちなみに「麺硬め」などの注文は出来ない。スープ、麺、薬味、チャーシュー。文句のつけようがない。客の好みを反映させると、バランスが崩れるのだろうか。完成品の味のバランスとは、それくらい繊細なものなのかもしれない。


私は出身が関西ではなくどちらかと言えば東の文化で育ったので、昔から、ラーメンと言えば東京風の醤油ラーメンだった。塩や味噌や豚骨のラーメンを食べて、美味しいと思いつつ、もしも一生同じ味のラーメンしか食べられないとなったら、迷わず醤油を選ぶ。


なので、とても嬉しい。それも、素材や材料を吟味し、良い素材を使って、熟達した手順で作られた極上の逸品。


食べ終わり、850円の勘定を済ませて店を出る。待っている人の列はさらに伸びるかと思えたが、そうでもなかった。私が店を出る頃も同じくらいの状態だった。このくらいなら次回も待つことを気にせず、行くことができる。極上の「醤油」を食べられるこの店の「塩」はどうなのか。今はそれが気になっている。

【中華そばうえまち】
住所/大阪府大阪市中央区上町A番22号
営業時間/11:00〜14:30・18:00〜21:00
定休日/月曜