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日帰り姫路旅~姫路城と姫路おでん

しばらく休みがなかった中での、久しぶりの休日のこと。


久しぶりの休みをどのように過ごそうか、色々な考えが頭をよぎっては消えた。着替えをして、用意をして、カメラバッグを担いで、私は最終決定を行うことなく、そのまま電車に乗った。そして大阪駅まで来る途中、私はスマートフォンエクスプレス予約のページを開き、姫路と入力していた。なぜ姫路だったのか。距離が絶妙だったからだ。同じか少し遠い場所として、過去には名古屋や岡山には行っていた。その時の記憶は今でも鮮やかだ。ある程度の距離まで行くと、この休みは単なる休日ではなく特別の休みとなるかもしれない。


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私は新大阪駅で『近江すえひろ』の弁当を買う。もう少し後の新幹線にすればよいのにギリギリの時間を購入したため休みなのにタイムカードを押さなければならないかのように急いできた。そのためお茶を買い忘れるという失態をおかす。嬉しい気持ちで弁当の包みを開けた時にお茶を買い忘れたことに気付き、悲しい気持ちで食べ始めた。幸運にも半分くらいまで到達したところで車内販売がやってきた。私は温かいお茶を買うことができた。幸先の良いスタートだった。



周りは出張風のサラリーマン。私は仕事でもないのに、何の変哲もない「ド・平日」に山陽新幹線に乗っていることが素面では信じられなかった。これを酔狂と言わずに他に何を酔狂と言うのだろうか。姫路は新幹線で行くほどの距離ではなく、JRの新快速電車でも1時間半もかからない。それほど遠くはない姫路へさらに時間短縮を図ったことになり、山陽新幹線は一瞬で姫路に着いた。朝の段階ではまさか自分が昼過ぎに姫路にいるとは想像もつかないことだった。追いつかない気持ちを抱えたまま、場所だけが異なっている。そうした違和感が面白い。



さらに、姫路まで行って姫路城に行かないというの選択も面白いと思った。例えば駅前で買い物をして、遠くの姫路城を眺めながら、コーヒーを飲んで帰る。わざわざ姫路で。そんな馬鹿馬鹿しい時間の使い方もオツなものかもしれない。しかし姫路城には行かなければならないだろう。行かないほうが後悔する。そんなわけで、私はともかく姫路城を目指す。駅前の大通りからお城が見えているが、歩くと結構遠い。2キロという距離である。




姫路城に向かって歩く大通りは、歩いている人はそれほど多くないのに、お城に到着してみると、かなりの人出である。混雑している、と言ってよい。国宝で、世界遺産でもあるので、日本人ばかりでなく、というか日本人以外の方がずっと多い。私はずいぶん昔に一度来たことがあったが、その頃は、「好きな人が来る」というレベルだった。今では世界各国から空港に降り立ったツアー客が、駐車場までバスで連れて来られ、そこから大量に城内に送り込まれる。ワールドワイドな観光スポットに変貌を遂げていた。


混雑に萎えるが、私自身がその混雑を構成する一要素でもあるので、それは仕方のないことだ。計画的でない私だからこそ、混雑について論評することは避けなければならない。



姫路城が美しいのは、戦国時代ではなく、安定してから作られたということがある。幸運にして、戦災に遭うこともこともなかった。そうした素性と運の良さに加え、平成の大修復を経て、2015年、白亜の名城の姿が蘇った。こうして近くで見てみると、やっぱり良いと思う。凛とした出で立ちを目にすると、やはり来てよかったと思う。




多くの人の流れに乗って、まずは天守を目指す。平日なので混雑はこれでもましなのだろうが、休日などはどんな状態になるのだろうか。姫路城のホームページでは、「現在の混雑」というページがある。恐ろしい。実際、私が行った日も、少し後には天守への入城規制がかかったようだった。



天気に恵まれ、天守閣からの眺めは最高だった。遠くには先ほどの姫路駅。歩いてきた大通りを眼下に見下ろす。



こうやって上から見ると、お城の作りがよくわかる。私は城について詳しくないが、城マニアからすると、こういうところから見る城の構造は堪らないものがあるだろう。



天守閣前の広場から見上げると、巨大さが際立つ。



西の丸、化粧櫓付近より。


姫路城を見終わった後、また歩いて、姫路駅を目指す。朝昼兼用で食べたのも新幹線だったので、姫路らしいものを食べてみたかった。姫路を代表するようなご当地グルメとは何だろうか。穴子とか、播州ラーメン、姫路おでん姫路おでんにしよう。


駅ビル『ピオレ姫路』に「播州うまいもん処」というフードコートがあって、そこで気軽に姫路おでんを食べることができた。他にも加古川かつめし播州ラーメンなどのご当地グルメを手軽な食べられる店が並んでいる。



姫路おでんの特徴は薬味だ。大根や玉子などの具に加え、姫路ゆかりの具材を使用した蒲鉾。それらを生姜醤油に少量付けて食べる。広いお城の中を歩いたので、疲れていた。姫路おでんで生き返った。


帰りは新幹線ではなくJRの新快速電車に乗った。必要に迫られたメールを打っているうちに尼崎を過ぎ、大阪まであとわずかとなった。遠くて近い姫路だった。


京都や神戸では近すぎてそうはならないが、姫路まで行くと特別な休日を過ごした気持ちになった。それが今回の姫路行きの結論だった。



大阪スカイビルの夕焼け。大阪で用事を済ませているうちに、いつのまにか夕方になっていた。




大阪駅の時の広場では冬のイルミネーションが始まっていた。いつもの大阪に戻ってきたことを実感した。

京都『スマート珈琲店』のスマートランチと相国寺・2019立冬


『スマートコーヒー店』でなく『スマート珈琲店』。「コーヒー」を「珈琲」と書くと、とたんに香りが出てくる。『スマート珈琲店』の特徴は、1階は喫茶、2階はランチということだ。老舗珈琲店のランチが人気を呼び、今に至る。そしていつでも混んでいる。4~5年前は今ほど混雑していなかったように思う。ランチは混雑することもあったが、1階は土日でも座ることができた。京都の老舗店らしく、混雑していても、基本的に相席にはしない。一人だろうが二人だろうが、四人だろうが、その時点で空いている席に通し、席についた人の時間を尊重する。そのため店の外の行列は紅葉の時期などはけっこうなものになってくるが、回転率を上げるなどのオペレーションを優先してないことが、顧客ひとりひとりを優先することになっている。結果的には満足度が高い。待ちたくなければ、早く行けば良いし、『スマート珈琲店』ではランチの予約も受け付けている。


私が行ったときは、紅葉の時期だったので、混雑を予想し、開店11時より15分ほど前に店の前まで行った。平日にもかかわらず、その時点で5組くらいの列ができていたのに一瞬驚いたが、続いて並んでおいた。私の前に並んでいた西洋の外国人カップルは、開店10分前になって諦めたようだった。あと少しの時間なのだが、何か他の用事を思い出したのだろうか。その10分待つことが困難だったのだろうか。私に続き、さらに二組が並ぶ。そして時間ぴったりに前の人から呼ばれていく。並んでいたすべての人が2階に通された。紅葉の時期ということで身構えていたが、その心配は杞憂に終わる。


メニューを渡されて、見てみると、ハンバーグやエビフライなどの洋食の定番に加え、オムライスやハヤシライスなどの単品もあるようだった。しかし大きく書かれていたのは、定食である「スマートランチ」だった。その、メイン料理を選ぶ仕組みの「スマートランチ」をほとんどの人が注文している。メイン料理は次のとおりである。

下記より2品チョイス

  • クリームコロッケ
  • エビフライ
  • ハンバーグステーキ
  • ベジタブルオムレツ
  • ポークソテー
  • ポークカツ
  • チキングリル(香草風味かトマト味)
  • チキンカツ
  • 本日の1品

※プラス400円で3品目チョイス可


私はまずベジタブルオムレツを食べたかった。しかし加えて、ハンバーグとエビフライも食べたかった。私の隣の席に座っていた老婦人二人組のうちの一人は、ポタージュを注文していた。はっきり覚えていないが、ポタージュは500円くらいと書かれていたはずだ。私はスープを注文する気はなかったので、それに比べると安い400円で3品目を追加できるというのはとても魅力的に映った。私は食べてみたかった3品をすべて選び、料理の到着を待った。



すごいものが来てしてしまった。やはり2品がスタンダードで、3品というのは多すぎただろうか。2品が大人にはちょうど良いのだろうか。3品は学生向きだろうか。しかし私はこの3品から2品に減らす自信がなかった。どれも食べたかったものだ。気を取り直して、私は食べ始める。ベジタブルオムレツは外側はこんがり、中はふわふわという、熟練の技を感じさせるものだ。中身はもやし、玉ねぎなどの野菜がしっかり入っており、かなりのボリュームとなっている。こんなにオムレツらしいオムレツを食べるのは久しぶりだった。エビフライは小ぶりだが身の詰まったエビが使われている。そんな中、他との違いを感じさせたのはハンバーグである。よくあるハンバーグとは一線を画した、洋食店らしいハンバーグで、牛肉をたっぷり使用し、つなぎを感じさせないハンバーグに、濃厚なソースがかかっている。



私が期待していたのは、まずベジタブルオムレツで、続いてエビフライ、最後にハンバーグだった。しかし、結果は、ハンバーグ、ベジタブルオムレツ、エビフライの順だった。エビフライは大きさがやや弱い。しかしこの大きさは意外にちょうどよく、トマトソースのチキングリルなどと組み合わせると、また違った嬉しさをもたらしてくれるかもしれない。


私はたっぷりのランチを堪能し、席で会計を済ませ(2階の会計は席で行う)、階段を下りる。そして店を出ると、ランチ待ちの列ができており、5~6組が並んでいた。やはり混雑する店なのだ。





その後、食後の軽い運動に烏丸御池まで歩いた。季節はすっかり秋で、木々の葉の黄色や赤が鮮やかだった。烏丸御池から地下鉄に乗り、今出川で降りた。グルメの後は名所である。食事と観光は切り離せない。今出川から近い相国寺で秋の特別拝観が行われていることを知っていた。今出川キャンパスがあるため同志社大学の学生がたくさん降りた。平日、勉強する学生に混じって、社会人である私が今日は仕事もせずに京都で遊んでいるのは不思議な感じがした。


相国寺は、庭園や仏像は特別拝観のシーズンしか鑑賞することはできないが、境内の『承天閣美術館』に素晴らしいコレクションを持っており、過去に私は時々訪れていたが、最近はまったく行っていなかった。




観光的に言うと、京都が一番混雑する紅葉の時期なのに相国寺は穴場だ。空いている。きっと土日でも混んではいないだろう。アクセスも容易で駅から近い。外国人をはじめとして観光で訪れる人の流れが、こういうところまで行き渡るようになることはまだ先だろう。しかしそんな状況は別にして、相国寺の特別拝観は素晴らしかった。季節は立冬を過ぎていたが、紅葉は見頃。秋の京都を堪能した。

神戸三宮『グリル十字屋』・2019秋分と晩秋

ライフワークのように、ブログを始める以前から細々と続けている洋食店巡り。ライフワークというと聞こえは良いが、単に食い意地が張っているだけである。いかにも洋食、という感じでわかりやすい美味しさを演出するような盛り付け。室内の照明がソースに反射して輝くハンバーグ。タルタルソースがたっぷりかかったエビフライの弾力。切っている最中からソースが溢れるカニクリームコロッケ。昔連れて行ってもらった、地元にしかなかったファミリーレストランが、現在まで至る嗜好の原点となっている。


『グリル十字屋』は、もしも世の中に「神戸の洋食店番付」というものがあるなら、誰が付けても、中入後、幕内に必ず入り、人によっては三役に付けられてもおかしくない実力を持った店だ。それでは横綱はどこの店になるだろう。それは考えるだけで楽しいし、この店を横綱にする人だっているだろう。


三宮駅から神戸税関に向かう大通りを南に歩いて行って花時計線を右に折れる。そしてすぐのガソリンスタンドのところで左に曲がって50メートル。向かいには中華料理の高級店『第一樓』がある。



道路から見ると低い位置に店のフロアがあるため、店に入ってすぐに下りの短い階段がある。短い階段を下りるという簡単な動作が、外の世界とまた違う世界に踏み入れたような感覚を与えてくれる。こうした少しの手間がとても良いアクセントなっている。



階段を下りる過程ですぐに気づくのが床の大きなタイルだ。入って正面のレジ前の床にある中世のモザイク画のようなタイルで、床のこの部分は神戸洋食界?ではとてもよく知られている。「JUJIYA1933」とある。古き良き港町神戸の時代を思い起こさせるようだ。この店は創業時、百貨店・そごうの横に位置し、外国語が通じるレストランとして知られていたらしい。他店にはあまり例のない、趣のあるタイルだったため、許可をいただき撮影させていただいた。



私はハイシライス(ハヤシライス)と迷い、ビーフカツレツ(ビフカツ)を注文する。ビフカツは1550円。それに600円追加して、小さなポタージュとライスをセットにつけてもらう。ハイシライスをさっと食べてさっと店を出ていく気軽さも捨てがたいが、せっかく神戸までやってきたので、本場のビフカツを食べることがその時は魅力的なように思えた。



付け合わせは茹で野菜に加え、マカロニのトマトソース。茹で野菜は優しいと思う。たっぷりの生野菜サラダというのとも違う上品さもある。ビフカツは最初から切られている店もあるが、『グリル十字屋』は自分で切るタイプだ。ナイフとフォークを使用し、衣が肉からはがれないように注意深く、切り分けていく。切り分けた一片に3日間煮込んで作るというデミグラスソースを絡めて口に運ぶ。トンカツともチキンカツとも違う、ありえない美味しさだ。外の衣はサクサク、中は弾力満点の赤いミディアムレアである。量はそれほど多くはないが、大人にはちょうどよい。多くの外食の量は多すぎるのかもしれない。本来はこのくらいが適度なのだ。


気軽なメニューもある洋食店でも、ビフカツは高価である。時計のセイコーが安いモデルもあるのに、グランドセイコーみたいな高級モデルを作っているのにも似ている。ビフカツは大体、どこでも2000円以上。牛肉をカツにするだけで、レベルが一つも二つも違う。それどころかジャンルを超えていく。ビフカツを食べている時の充実感はほかの食べ物ではなかなか得られないものだ。


◇  ◇  ◇


そしてそれからさらに日が経った別の秋の日。紅葉も進み、肌寒く感じる頃だった。私はまた『グリル十字屋』を訪れていた。あの時のハイシライスが気がかりになってしまったのだ。私は今度はハイシライスを注文する。950円だった。



ハイシライスの気軽さは何なのだろう。同じく気軽なカレーの場合、(好きだとはいえ)食後までカレーに支配されるし、チキンライスというのも何か違う。オムライスは何となく手間がかかり、ラーメンや蕎麦だと実務的だ。ハイシライスの絶妙さは、他には代えがたい。自慢のソースで煮込まれた細切りの牛肉と玉ねぎ。主役はソース。少なめのライスに絡めて食べる。



アップで。ソースが輝いている。量は、前回のビフカツと同じように、軽めである。しかし大人ならば、このくらいがちょうど良いはずだ。前回の訪問が9月。秋に入ろうとしている頃だった。そして今回、秋が終わろうとしていた。秋分のビフカツ。晩秋のハイシライス。2019年の年末の大掃除のように、秋の出来事を振り返る。

『麒麟亭』と京都水族館・2019年夏

麒麟亭』のことを書きたいと思う。2019年もほとんど終わり、映画のクライマックスのようなこの段階で、ずいぶん前の夏のことを思い出して記録に残すのは自分でも「どうなのか」と思うのだが、2020年になれば本当に残せなくなってしまうので、年末の大掃除のような気持ちで書き残しておきたいと思う。2019年も他の年と同じように、洋食をよく食べた。その中に、初めて訪れた店や、過去のブログに書いてなかった店があるので、思い出しながら書いていく。


それは2019年の夏のことだったー


麒麟亭』は京都の七条大宮からすぐのところにある。大正時代創業の老舗で、古くから京都に住んでいる人ならよく知っている店だと思う。私は京都に何年か住んだが、その頃は今のようにスマートフォンもなかったので、この店のことは知らなかった。よくある観光客向けのガイドブックには何故かこの店が載っていない。それは当時からそうで、いまでもそうだ。みんなが知っている老舗なので載せる必要がないのか、七条大宮というロケーションのため有名な神社仏閣がなく一緒に訪れるスポットがないからそうなのか、理由は不明だが、ガイドブック類からは無視されている。しかし大正時代創業の洋食の名店で、古くから京都に住んでいる人ならほとんどの人が知っている店である。世界的な観光都市である京都で、住人と観光客で認知度に相当な差がある。そういう状況はかなり面白い。


この店の前を初めて通りがかったのは、京都水族館を訪れるためにこの周辺を歩いたことだった。その時は、訪れることがなかったのだが、独特な雰囲気が心に残った。その日のうちに調べてみると、かなりの老舗洋食店であることが分かった。せっかく近くに来ていたにもかかわらず、そのとき私は、すでに昼食をその辺の喫茶店で、レトルトの疑いのある人工的なカレーを食べてしまっていたのだ。私はその運命を呪った。カレーを食べた後に洋食を食べることはできない。その思い出を引き摺っていた。


そして2019年の夏。京都水族館に向かっていた私(と上の子)は、近くに『麒麟亭』があることを覚えていた。二度目は確信に満ちていた。京都水族館に行く途中、覚えていた道を歩き、店に向かう。


店を前にしてまず書いておきたいのは「老舗」感、老舗らしい風情がすごいということだ。だから気になっていたということがあるのだが、「地方の町に一軒だけある老舗」ならこういう雰囲気を持った店があるかもしれない。独特の雰囲気が歴史を物語っている。あまり京都では見かけないタイプの、例えば松本や高山にありそうな民芸調の趣である。それでは中に入ってみよう。満を持して、店に入ると、洋食店というよりは、郷土料理の店のようである。


コの字型というのだろうか、調理場を囲むカウンターが目に留まる。ロの字型かもしれない。その記憶はあいまいだ。椅子席もスペースが大きめに取られ、大人四人でも窮屈な感じはないだろう。客層はやや高く、年配の夫婦、それほど若くないカップル、龍谷大学関係者らしい二人組(龍谷大学大宮学舎が近い)。年配の女性四人組。カウンターも一人客が三人ほど。平日ということもあり、席は空いていた。圧倒されそうな重厚な雰囲気があるが、一部の老舗によくある、お高くとまったところはなくて、接客にも温かみがあり丁寧。子連れでも全く問題ない。


メニューには、名物がずらり。「わらじビーフカツ」。それほど大きいのだろうか。「わらじ」というネーミングが良い。普通は「L」とか「特大」なのだが「わらじ」というのが洋食店なのに和風で、何とも老舗らしくて良い。「海老クリームコロッケ」。食べる前から美味しいことが分かっている(子供用に注文したが美味しかった)。そして「牛鍋」。私は牛鍋を注文する。牛鍋とは何だろう。すき焼きとは違うのだろうか。ずいぶん昔に歴史の授業で、江戸末期から明治にかけての時代にかけて流行った牛鍋というものを知ったとき、いつか食べるチャンスがあるのだろうかと思った記憶が残っている。歴史の資料集で見た牛鍋に対し、私は少年的な憧れがあった。



まずはサラダと漬物が運ばれる。



ほどなく、メインの料理が提供される。見かけからすると、関西風の、割り下を使わないすき焼きではなく、関東風のすき焼きである。違うのは卵の扱いだ。肉は生卵につけて食べるのではなく、あらかじめ鍋の中に入っている。牛とじというほど混ざっていなくて、卵は最後の仕上げに入れた模様である。全体的には、肉を野菜と豆腐と一緒に鍋で煮込んだ料理である。文字通り、肉の鍋、肉鍋だった。牛鍋とは、関東風のすき焼きに近いものだったのか。



私は鍋をつつく。豆腐を箸で二つに割り、口に入れる。野菜を口に運ぶ。牛肉を噛んでみる。みりんの味が出る、すき焼きと同様にシンプルな味付けだ。出汁が効いている。甘すぎず、コクのある出汁で煮られた具材たち。これは老若男女、誰もが好きな味だろう。歴史的な店で食べた牛鍋は、文明開化の味がした。




私は肉鍋を食べ終わり会計を済ませ、満足した気持ちで店を出る。何年越しで訪れることができたのだろう。そして次の目的地である京都水族館に向かう。





京都水族館は、大阪の海遊館の巨大水槽のような目玉はないが、見どころの多い水族館だ。新しめの水族館で、京大白浜水族館や和歌山県立自然博物館、琵琶湖博物館のような学術的なところとは対極的なエンターテイメント寄りの水族館で、ショーもあり、水槽にプロジェクションマッピングを駆使した演出もあり、魚の種類も多い。その、広く見どころが散らかっている感じが好きで、私は気に入っている水族館のうちの一つだ。


好きな京都水族館だけでなく、『麒麟亭』に行くことができ、幸せな夏の休日となった。

ポリーニのショパン後期作品集

ポリーニによる『ショパン後期作品集』を聴いている。ポリーニは現在、77歳。録音は2015年、73歳の時のものだ。


幻想ポロネーズ、舟歌~ショパン後期作品集

幻想ポロネーズ、舟歌~ショパン後期作品集


一曲目の舟歌、冒頭のフレーズを聴いたとき、70歳を超えたピアニストが弾いているとはとても思えなかった。信じられほど気鋭に満ちた、力強い音が鳴っていた。しかし若いピアニストの音ではない。若い人にこんな音は出せない。


その上でこの柔らかさ。繊細さ。ピアノの化身のような、卓越したテクニック。楽譜に書かれた全ての情報を描ききるため、完璧な演奏で追い込むような獰猛な雰囲気は年々薄れているが、紛れもなく、ポリーニ。このショパンは、老年期に入ったポリーニによるものだった。ポリーニはピアニスト、音楽家として、圧倒的で、伝説的で、ミシュランレストランガイドで言えば三ツ星クラスで、そのために旅行して聴くほどの価値がある、普通ではない有り難さがある。遠くまで旅行しなくても、つい数年間まで、私にも大阪でも聴くチャンスがあったのに、どうして行かなかったのだろう。


ピアノの達人であるポリーニと言っても、加齢による衰えは当然あるはずだ。しかし若い頃と同じように鍵盤を支配するようなスタイルは同じで、いくつになってもアスリートであると実感する。私には、元ロッテの村田兆治が引退後も、速球にこだわり続け、140キロ近くの速球を投げていたことが思い出された。


作品59。3つのマズルカが続く。59の1では儚く陰りのある演奏。59-2のテクニカルなワルツを経て、59-3で若い頃と変わらない豪快な演奏を聴かせる。


作品61の「幻想」ポロネーズは深い。人生のエッセンスが詰まっている。それは、かつての天才料理人による、一筋縄では行かない、記憶に残るおもてなしのようだ。しかしいかにも大家というような、固定したものでなく、流動的で、いまだに変化に富んでいて、柔軟性を感じさせるものだ。私はウォークマンでこの曲を聴きながら歩いていたが、雄弁なピアノによって語り尽くされる、情景のあまりの美しさに、思わず目を閉じてしまい、危うく転びそうになった。


2つの夜想曲。作品62。こんな慈愛と癒しに満ちたノクターンが他にあるだろうか。この演奏で描かれるイメージは言葉にできない。


演奏は続く。


作品63。3つのマズルカ。作品64。3つのワルツ。このアルバムのコンセプトにブレはない。ショパンの晩年の曲として選ばれた珠玉の作品群である。それらを73歳の、かつての天才ピアニスト、ポリーニが弾く。ポリーニはいくつになってもポリーニだ。ポリーニも一貫している。いくつになってもアスリートだ。


作品68の4。マズルカ ヘ短調 《遺作》。最後のマズルカはまさに絶唱。このまま消えてしまいそうな静寂の美。ありがたいものを聴かせてもらった。

京都千本上立売『キッチンパパ』の洋食

クラシック音楽などの音楽全般のほか、洋食、旅行、カメラの趣味は現在も続いている。休みの日には好きな音楽を聴きながら電車に乗り、カメラを持って気になるお寺に行って、目的地近くの洋食の名店を訪れる。行きの電車、好きな音楽を聴いて、時にまどろみ、目的の駅の一つ前の駅で自分が寝ていたことに気付いたとき、これから始まる一日の充実感が予想されて、既に幸せな気持ちとなっている。いろいろな趣味や関心があるが、音楽、カメラ、食事など、一日でかなりの部分が解消される。そうしたなか洋食屋巡りのストックが貯まっていく。


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先日、京都洛北の名刹の庭園巡りをしたとき、昼食の店に『キッチンパパ』を選んだ。京都の洋食店の中ではそれほど古い店ではないが、多くのガイドブックにも載っている人気洋食店だ。私がその日目的地とするエリアからは外れているが、京都市内、車であればそれほど広くないので、昼を食べに行って、また戻ってくることが可能だ。


お店は千本通から上立売通を東に入る、慣れてなければ走りにくい細い道沿いにある。千本通り沿いの近くには釘抜き地蔵として知られる石像寺がある。店の近隣にコインパーキングはあるが、近づくまでわからなかった。私は今出川通りから細い道に入って北上していったが、場所の見当がつかず、大体の見当をつけて止めたパーキングは店からかなり遠かった。店に向かって歩く途中、店からもっと近いところに二つのパーキングを見つけた。結構な距離を歩くことになってしまった。しかし、休みの日に、京都市内のあまり過去に歩いたことのないエリアを歩くのは楽しかった。


『キッチンパパ』は米屋の奥にある。入ってすぐのところは米屋兼精米所になっていて、その奥が店となっている。その日食べる分の米は、随時、玄米から精米される。そんなこだわりのある店だ。


平日の昼で、12時近く。昼時とはいえ平日なので、空いていると予想したが、満席だった。私は店頭の椅子で15分ほど待ち、やがて席に案内される。それほど広くない。先客の姿を見ると、サラリーマンのほか、この近所の人らしき親子。親は母親だけで子供は2歳か3歳くらいだろうか。続いて、熟年の夫婦。他には外国人観光客のカップルの姿もある。二人は中国語を話していた。男性の方は体格がかなりよく、短パンをはいている。女性の方は黒髪のストレートヘアで、ずっとスマートフォンを触っている。いかに京都、有名店、とはいえ、千本上立売のこんな住宅街に、外国人というのが意外だが、外国のガイドブックでも紹介されているのだろうか。


私は、ハンバーグとエビフライのセットを注文する。1280円。日常のランチにはすこし高価だが、洋食の有名店としては決して高くはない。妥当なラインだ。


料理が運ばれてくるまでは、しばらく待つ。客の回転は速くはない。手作りの店でよくあるくらいの待ち時間がかかる。そのうちサラダが運ばれ、その後、ご飯と味噌汁が運ばれる。店内の黒板に、ご飯は今日の米は何処産の何々銘柄と掲げられている。米屋なので、米が大切なのだ。




サラダを食べ終わった後、まずは米だけで食べる。繊細な味覚であれば、米自体の甘みでおかずすら不要だ。炊き立て、ご飯はやや柔らかめ、米本来の香りが立ち上る、水の美味しい土地で食べるような米だ。味噌汁さえあれば、これだけで一食いける。しかしその後にメインが来るのである。


時々、別の店ではあるのだが、「ご飯が残念な名店」というのがある。おかずが美味しくてもそういう店はある。逆に、「ご飯が美味しい店」がある。ご飯が美味しい店は何故か、おかずも美味しい。これは期待できる。


満席の状態が続き、さらに客が入ってくる。そうした客に先にメニューを渡すこともないし、急かされるように皿を片付けられることもない。
店はそれほど急いでいない。焦っていない。客も急いでいない。早食いせざるを得ないような状況も作られてはいない。時間は悠然と流れている。京都らしいという感じもする。京都のこういう部分は良い部分である。普段はセカセカした時間を過ごしているので、こういう時間が大切なのかもしれない。空席ができ、先ほどまで待っていた他の客も、席に案内されて初めてメニューを見て、考えて、注文をする。



ご飯の後、一呼吸置くくらいのテンポで、メインのおかずが運ばれてくる。ハンバーグとエビフライの組み合わせが最強である。ザ・ごちそうという感じがする。


ハンバーグは牛肉の旨みたっぷりだ。つなぎを感じさせない。その辺りは、本格的で、大阪・心斎橋の『グリルばらの木』に近い。ソースは苦味のあるデミグラスソースで、王道の味。大人も満足するハンバーグだ。エビフライはしっかりと身が詰まっており、これだけでも主役を張れる。そして、それらを受け止める米の美味しさ。



アップで。エビフライは大きめ。ハンバーグの存在感に負けてない。その存在感は、エースと四番が一対一で向かい合って座っているようなイメージである。衣でカサを増しているなんてことはない。エビ自体が太い。ハンバーグとエビフライの違い。デミグラスソースとタルタルソースの違い。それを同時に味わえるハンバーグとエビフライの組み合わせはやはり最強だった。待った甲斐があった。



私は食べ終え、会計を済ませて店を後にする。記念に、外から外観を撮影する。そして遠目のコインパーキングに向けて再び歩き出す。

【キッチンパパ】

住所:京都府京都市上京区上立売通千本東入姥ヶ西町591
営業時間:11:00~14:00/17:30~20:50※ごはんが売り切れ次第終了
定休日:木曜

メトレル・ピアノ協奏曲第2番ハ短調(Op.50)

メトレルのピアノ協奏曲について。私が好きなのは1番の方だが2番も相当聴いている。同じロシアの作曲家でも、チャイコフスキーともラフマニノフとも違う、メトネルの個性が表れた隠れた名曲だ。


(↓メトレルのピアノ協奏曲第1番についてはこちらをご参照ください)
ushinabe1980.hatenadiary.jp


野球の投手に例えると、一番は本格派で、こちらは技巧派。技巧派とは言っても、小細工でかわす印象でなく、本格派がモデルチェンジをして、投手として成熟しスケールが大きくなった果ての技巧派という感じがする。仕事の丁寧さはプロフェッショナル。荒々しい迫力では1番に及ばないが、曲自体の興味深さでは上回るのではないかという気が最近している。


曲はオーソドックスな3楽章構成で、ラフマニノフのピアノ協奏曲のようなドラマチックな流れを特徴としている。何かの啓示のような冒頭から予断を許さない緊張感に満ちた第一楽章。大きな流れに任せる船に横たわっているような第二楽章。第三楽章は壮大な舞曲。第三楽章は曲を通してのハイライトで、大変テクニカルである。その曲を、マルク=アンドレ・アムランの演奏で聴く。


Piano Concerto, 2, : Hamelin(P) V.jurowski / Lpo +rachmaninov: Concerto, 3,

Piano Concerto, 2, : Hamelin(P) V.jurowski / Lpo +rachmaninov: Concerto, 3,


いわゆるマイナー名曲のひとつなので録音の種類は決して多くはない。数少ない録音の中からではあるが、アムランの演奏は、孤高のテクニックで他の追随を許さない。アムランはこの曲の日本初演を東京のサントリーホールで行ったこともあるし、現段階ではこのCDが決定盤という感じがする。


この難しい曲をよくここまで完璧に弾き切っているというのがまず驚くべき点で、全ての音符の粒が揃い、掘りは深く、歯切れがよい。アムラン以外のピアニストでは、この難しい曲をここまで支配的に弾きこなすことなどできないだろう。テレビの解像度に例えるなら、フルHD、4Kを通り越して、8K的な演奏である。CD以上の情報がこの中に入っているのではないか。私は、伝統芸能の名人芸や一子相伝お家芸を鑑賞するような気持ちで音楽を聴く。演奏はそのくらい圧倒的で、常人には計り知れない領域にある。


また、このCDにはラフマニノフのピアノ協奏曲3番ニ短調も併録されている。こちらの演奏も相当すごいということも最後に付け加えておきたい。

岡山の旅(2)後楽園・岡山城・岡山県立美術館

【↓↓↓岡山の旅(1)『天神そば』・『冨士屋』~岡山ラーメン編↓↓↓】
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『天神そば』で遅い朝食(早い昼食)を食べた後、歩いて後楽園に向かう。後楽園は、江戸時代の岡山藩主、池田綱政が作らせた回遊式庭園で、水戸の偕楽園、金沢の兼六園と並ぶ日本三名園の一つだ。


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広大な園内には、旧藩主の居間・延養亭や能舞台も復元され、池、水路、丘、梅林、花菖蒲畑、楓林、水田、茶畑、鶴舎を擁し、四季折々、様々な景色を見せる。スケールの大きな庭園で、大名庭園というのに相応しい庭園だ。




園の中心にある沢の池からは岡山城が見える。そこまで行けそうなので、後で行ってみようか。




茶畑。楓林。林は紅葉の時期には綺麗だろうが、今の季節もとても良い。



岡山には仕事で何度も訪れていたが、その期間には後楽園に行ったことはなかった。もっと昔に一度、青春十八きっぷで瀬戸内海を周遊したときに訪れて以来だった。その時は真夏で、今日以上にカンカン照りで猛烈に暑かったことが思い出された。




園内には水路が張り巡らされている。水もとても澄んでいる。あらゆるところが丁寧に手入れされている。


昔訪れた時との違いは、外国人観光客が多いということだった。とくに中国や韓国からの観光客が多い。昔は中高年の観光客が多かったように思ったが、現在は園内の休憩所でも外国の人が多い。後楽園はメジャーな観光スポットで、しかも日本三名園だからだろうか。それはともかく、後楽園は相変わらず素晴らしい庭園で、どこを切り取っても見どころで、久しぶりに来てみて良かった。



後楽園から岡山城まではすぐだった。後楽園の南門から出て月見橋を渡ろうとしたところ、岡山城の姿が目の前にある。岡山城は、黒い外観から『烏城』という別名を持っている。戦国大名宇喜多秀家による城で、現在の天守閣は昭和の復元である。城の周囲は烏城公園として整備されている。



昨今、城ブームだが、私は城について全然詳しくない。そんな私にとって、岡山城はかなり好きな城だ。旭川沿いというロケーションも良いし、緑が豊富なところも良いし、宇喜多秀家小早川秀秋という関ヶ原の戦いの重要キャストが城の歴史に登場するのが良い。また復元の天守閣の立ち姿が凛々しい。



天守閣の内部は資料館となっていて、歴史を学ぶことができる。岡山城は財団法人日本城郭協会による日本100名城にも選ばれている。



城というと大阪城みたいに広いイメージがあって、かなり歩くのではないかと思うのだが、岡山城の敷地はそれほど広大というわけではなく、限られた時間でも、後楽園とセットで訪れることができた。


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5月の終わり。新緑の季節。街中に緑が溢れている。



その後、まだ時間があったので、岡山県立美術館で『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア展』で、イワン・クラムスコイ『忘れえぬ女(ひと)』を鑑賞した。



フェルメールの『青いターバンの少女』みたいに印象的なその絵は、かなりの有名作品で、様々な解釈がされている。またモデルは不詳だとも、アンナ・カレーニナのモデルを描いたとも言われる名画である。そのほかにも、岡山県立美術館に、19世紀後半から20世紀初頭のロシア美術のコレクションが集まっており、私はまるでチャイコフスキー交響曲を聴いたように濃密な時間を過ごした。



美術館を出てしばらく市街地を散策する。岡山市中山下付近。この辺りは昔よく歩いた。もう少し歩くと、バスターミナルがあって、天満屋があって、紀伊国屋書店のあるクレド岡山があって、と次第に記憶がよみがえってくる。



表町の商店街。以前、この辺りの漫画喫茶に行ったことを思い出したが、その店は発見できなかった。『天神そば』、岡山シンフォニーホール付近で、岡山県立美術館岡山市立オリエント美術館、後楽園などのカルチャーゾーンにも近い。




路面電車に乗って、再び、岡山駅に戻ってきた。そして、『冨士屋』で二杯目のラーメンを食べることになるのだが、食べた後、帰りの新幹線まで少し時間が残っていた。私は奉還町の商店街にあるカフェで休憩し、時間をつぶした。




岡山駅できびだんごのお土産を買い、帰りの新幹線に乗った。家には6時には着いて、いつものように子供を迎えに行く日常に戻る。世間は平日。私にとっては休日らしい休日となった。岡山あたりまで行くと、気分も違った。それが結論だった。