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ポリーニのショパン後期作品集

ポリーニによる『ショパン後期作品集』を聴いている。ポリーニは現在、77歳。録音は2015年、73歳の時のものだ。


幻想ポロネーズ、舟歌~ショパン後期作品集

幻想ポロネーズ、舟歌~ショパン後期作品集


一曲目の舟歌、冒頭のフレーズを聴いたとき、70歳を超えたピアニストが弾いているとはとても思えなかった。信じられほど気鋭に満ちた、力強い音が鳴っていた。しかし若いピアニストの音ではない。若い人にこんな音は出せない。


その上でこの柔らかさ。繊細さ。ピアノの化身のような、卓越したテクニック。楽譜に書かれた全ての情報を描ききるため、完璧な演奏で追い込むような獰猛な雰囲気は年々薄れているが、紛れもなく、ポリーニ。このショパンは、老年期に入ったポリーニによるものだった。ポリーニはピアニスト、音楽家として、圧倒的で、伝説的で、ミシュランレストランガイドで言えば三ツ星クラスで、そのために旅行して聴くほどの価値がある、普通ではない有り難さがある。遠くまで旅行しなくても、つい数年間まで、私にも大阪でも聴くチャンスがあったのに、どうして行かなかったのだろう。


ピアノの達人であるポリーニと言っても、加齢による衰えは当然あるはずだ。しかし若い頃と同じように鍵盤を支配するようなスタイルは同じで、いくつになってもアスリートであると実感する。私には、元ロッテの村田兆治が引退後も、速球にこだわり続け、140キロ近くの速球を投げていたことが思い出された。


作品59。3つのマズルカが続く。59の1では儚く陰りのある演奏。59-2のテクニカルなワルツを経て、59-3で若い頃と変わらない豪快な演奏を聴かせる。


作品61の「幻想」ポロネーズは深い。人生のエッセンスが詰まっている。それは、かつての天才料理人による、一筋縄では行かない、記憶に残るおもてなしのようだ。しかしいかにも大家というような、固定したものでなく、流動的で、いまだに変化に富んでいて、柔軟性を感じさせるものだ。私はウォークマンでこの曲を聴きながら歩いていたが、雄弁なピアノによって語り尽くされる、情景のあまりの美しさに、思わず目を閉じてしまい、危うく転びそうになった。


2つの夜想曲。作品62。こんな慈愛と癒しに満ちたノクターンが他にあるだろうか。この演奏で描かれるイメージは言葉にできない。


演奏は続く。


作品63。3つのマズルカ。作品64。3つのワルツ。このアルバムのコンセプトにブレはない。ショパンの晩年の曲として選ばれた珠玉の作品群である。それらを73歳の、かつての天才ピアニスト、ポリーニが弾く。ポリーニはいくつになってもポリーニだ。ポリーニも一貫している。いくつになってもアスリートだ。


作品68の4。マズルカ ヘ短調 《遺作》。最後のマズルカはまさに絶唱。このまま消えてしまいそうな静寂の美。ありがたいものを聴かせてもらった。