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岡山の旅(1)『天神そば』・『冨士屋』~岡山ラーメン編

自分一人のための休みが取れない日がしばらく続いていた。子供の運動会やゴールデンウィークで休んでいたはずなのに、休んでいない時のような気分がなぜか続いていた。それは一人の時間が取れなかったため、気分的に、精神的に自由な時間が意外に少なかったからかもしれない。「休日らしい休日」を一人で満喫する。それがここ数日抱いていた密かな願いだった。


そんな中、頭の中を占めていた計画が、岡山まで行くことだった。平日の休みがあれば、行ってみたい。私は岡山まで日帰りで行って帰る計画を温めていた。朝起きて、上の子を小学校に送り出し、下の子を保育園に預けた後、ふらっと岡山まで行ってみようか。そのくらい遠くまで行けば、休日らしい休日を味わえるのではないか。岡山の観光地に行って、岡山グルメを満喫して、その日の夕方、何事もなかったかのように家に帰ってくる。それはとても魅力的な計画のように思えた。


そして待望の平日の休みが訪れる。私は朝からそわそわしていた。私はより具体的に、岡山への日帰り旅の目的を大きく「岡山ラーメンと後楽園」ということに決めた。ラーメンなら時間をずらせば二杯食べられるはずだ。岡山ラーメンの店として、過去に行ったことのある『天神そば』と『冨士屋』を選んだ。そして後楽園。日本三名園の一つ。今の季節、新緑がきっと綺麗だろう。後楽園を岡山ラーメンで挟むというのが、時間的にもちょうどよさそうで、後は成り行きで他も可能であれば行ってみるということで、私はまずは新大阪駅へ向かう。


岡山は新大阪から50分とかからず、とても近いが、仕事でも帰省でも家族旅行でもないのに、わざわざ新幹線に乗るということが、普通でない気分だった。しかも目的の一つは、ラーメンを食べに行くという、他の人からはなぜそんなことのためにと思うような動機で。岡山は私が10年以上前に仕事でよく出掛けていった場所だ。様々な通りを車で走り、表町や奉還町の商店街をよく歩いていたものだった。岡山に行けば、昔の懐かしさも思い出されるかもしれない。



岡山駅を降りて駅前に立ち懐かしい桃太郎大通りを眺めた瞬間、10年以上前の記憶がほとんど蘇ってこないことを知った。懐かしさもそれほど込み上げてこないのだった。そこは多少知った、どこにでもある都市で、例えば、和歌山駅で降りたとしてもそれほど変わらない印象だったかもしれない。何となく思い出す風景もあるが、その風景を通して懐かしい思い出が走馬灯のように駆け巡るということはなかった。10年は昔すぎたのだろうか。


とはいえ、私は最初の目的地を目指す。岡山ラーメンを食べなければならない。そのために、朝食も抜いてきたのだった。


◇  ◇  ◇


岡山ラーメンと後楽園の旅は『天神そば』から始まる。『天神そば』は、路面電車城下駅からすぐのところにある。



私は路面電車にそれほど馴染みがないので、その路面電車という交通機関にテンションが上がる。旅はプロセスも大事だと実感する。バスでもなく地下鉄でもないというのが良い。都会で働くビジネスマンならば岡山駅から『天神そば』までは徒歩圏内だが、私は路面電車に乗りたい。路面電車なら5分もかからず到着する。


『天神そば』は昼のみの営業で、10時半から開店している。昼は行列ができることも珍しくないが、11時前だったので空いていた。岡山を代表するラーメン店で、岡山ラーメンとしては最も有名なお店だ。店内は狭く、カウンターが5~6席。4人掛けのテーブルが二つ。多くの場合満席で客はひしめき合って食べる。相席が基本である。私が昔行った頃は、ご主人がやっていたが、いまは女将さんがされている。カウンター越しの厨房も狭いが、その狭いスペースに女性の店員が4名。4バックの4人のディフェンダーのように、それぞれ役割が決まっており、コンビネーションは抜群。料理はすぐに提供される。


カウンター越しの厨房を占有するのは急な階段であり、あの上はどうなっているのかといつも考えるのだが、聞いたことはない。食べたらさっと店を出るので機会がないままになっているが、気になっている人は多いはずだ。そして、その階段の側面にメニューが掲げられている。メニューは「1.天神そば」、「2.肉抜き玉子入り」など書かれており、客は「1番で」と、番号で注文している。そういえばそうだった、と思い出す。私も「1番お願いします」と注文する。



すぐに料理が提供される。まずはスープを飲む。大変美味しい鶏ガラのスープである。「昔ながら」みたいな醤油風ラーメンの写真からは想像もできないくらい、はっきりとした主張のスープである。醤油に鶏が勝っている。これは手間暇に加え、かなり金がかかっているなと思った。一杯のラーメンに対し、鶏一羽使うそうである。麺はストレートの中麺でスープに合う。チャーシューは分厚いものが4枚も。これはチャーシューメンを名乗ってもよいレベルである。太っ腹だ。そして味は人生で食べた全ラーメンのベスト5に入る。かと言って3位はどこなのかと聞かれると困るが、現在、この瞬間は1位にしても良いかもしれない。それは過去の岡山での記憶によって補正されているのか。そうではない。なぜなら昔地元で食べた美味しいと言われていたラーメンはベスト5には入らない。それは『天神そば』の歴史と力であり、やはり多くの人が美味しいと言う有名店とは違う。このために来たとしても過言ではないと思った。


私が食べたメニュー、天神そばは800円だった。最近はラーメンも1000円近くするものが増えているのでは、この内容でこの値段は良心的だ。私は食べ終えると、混み出す前に店を出る。



店を出るころにも行列はできていなかったが、その後この辺りを通った時には、7人ぐらいが並んでいた。行列ができる店なのだ。


◇  ◇  ◇


時系列で言えば、この後、後楽園に向かうのだが、ラーメンつながりで先に『冨士屋』に行った顛末に触れる。



私は再び岡山駅に戻ってきて、二軒目のラーメン店『冨士屋』を探す。『冨士屋』は岡山駅から近い奉還町にある。過去には、私は岡山に着いたとき、または帰るときによく寄った。今回もそのような形となったのだが、久しぶりなので、大体の見当をつけて歩くがなかなか見つからない。岡山駅の西口から全日空ホテルの前を通って、真っすぐ行って、左に行って、また真っすぐ行って、と覚えていたのだが、一向にそれらしき店が見当たらない。結局、グーグルマップで探して見つけることになった。記憶とはあてにならないものである。


『冨士屋』の向かいにはこちらもまた岡山ラーメンの名店『浅月本店』があり、どちらで食べるかよく迷った。岡山を代表するラーメン店が向かい合って位置している、この二軒の向かい合ったロケーションはとても興味深く、ライバル関係のようでもあるし協調関係のようでもある。まるで京都駅近くで隣り合って営業している『新福菜館』と『本家第一旭たかばし本店』みたいだと思う。どちらを選んでも間違いない、というのが良い。今回は『冨士屋』を選ぶことになった。そもそも『浅月本店』はこの日、定休日だったのだが。


『冨士屋』は、昭和25年創業の岡山ラーメンの源流とも言われる名店だ。店に入ると、昔の食堂のようなレトロな雰囲気で、確かに歴史を感じる趣となっている。左手に厨房があり、持ち帰り用の中華麺とチャーシューが陳列されている。進むとカウンター席がある。右手奥にはテーブル席があって、さらに奥が座敷となっている。テーブル席が満席で、カウンター席も混雑していたため、私は奥の座敷を案内される。


私はその日二杯目のラーメンとして、680円の中華そばを注文する。チャーシューメンも捨てがたいが、二杯目にそれは贅沢しすぎだと感じ、最も王道のメニューを選んだ。客は若いカップル、男性の一人客に混じって、金髪の外国人夫婦が中華そばを食べている。ラーメンも岡山もインターナショナルである。私が座っている座敷の奥がガラス戸となっていて、そこからも声が聞こえる。個室もあるのだろうか。店の人のスペースだろうか。


そうこうしているうちに料理が運ばれてくる。



これは食べる前から間違いなく美味しい。そして食べてみて納得する。確かにこういうい味だった。私は『冨士屋』の味を10年越しでもはっきり覚えていた。『天神そば』の鶏ガラベースとは違う方向性の豚骨醤油。濃い目でコクがあるが、甘みもあって優しい。これはこれでひとつの完成形のような気がする。麺は中細のストレート麺。チャーシューもたっぷり。岡山のラーメンはレベルが高い。


私が帰る頃にも客足は途絶えることがない。サラリーマンの二人組が店に入ってくる。通し営業なのも使い勝手が良いのか。



『天神そば』と『冨士屋』。二軒のラーメン店。二杯のラーメン。新大阪との往復で1万円以上かけて食べに来たが、それだけだったとしても後悔のない美味しさだった。


後楽園編は次回に続く。

【天神そば】
住所/岡山県岡山市北区神町1-19
営業時間/10:30~14:30
定休日/土曜・日曜・祝日

【冨士屋 】
住所/岡山県岡山市北区奉還町2-3-8
営業時間/11:00~19:30
定休日/水曜日