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高野山・龍神の旅(2)


私は今回初めて宿坊に泊まったのだが、旅館とそれほど違わなかった。個室がなく襖で仕切るだけという宿坊もあるが、総持院ではバス・トイレは様々なタイプの個室をそなえていて、トイレも部屋にあるし、布団だって敷いてくれる。食事は部屋食ではなく、広間で行うが、その広間もきちんと仕切られていて、他の宿泊客と一緒になることはなかった。


違いを挙げると、仲居さんではなくて若い修行僧が世話をしてくれる点だ。私たちの世話をしてくれた若いお坊さんは、宿坊の設備の説明の後、高野山と総持院の説明をしてくれた。総持院には檀家がないというのは知らないことだった。だからお墓がひとつもないんです、とのことだ。そういうえば、霊園がなかったな、と思った。檀家がお寺を守るわけではない。だからこそ弟子を育てていかないといけないし、日本全国から修行のため若い層が集まってくる。そうやって集まった修行僧を育て、一人前となった弟子たちが各地へと飛んでいく。そんなふうな歴史を歩んできた。高野山のお寺がいまだに仏教の根本道場として機能していることに感動を覚えた。



二階の部屋からは庭が見えた。総持院は庭を一望する特別室も備える。そちらからはさらに美しい景色が見えることだろう。食事の前に、大浴場で息子の体も洗う。温泉ではないが、清潔な風呂だった。ここでは風呂は「沐浴場」と言って、体を浄めるということを意味する。


精進料理というと、ヘルシーで低カロリーな食事で、禁欲的なものを想像していた。変な話、お年寄りのための食事みたいなイメージを持っていた。正直言って、質、量ともに満足できるかどうか心配しており、夜食用にカップラーメンも持って行ったのだった。そんなふうにして私は精進料理を初めていただいたが、想像を超えていた。



肉や魚をいっさい使用しない正真正銘の精進料理。使用される食材は、山の幸。豆や茸や山菜、野菜。前菜の皿には、茸の寿司。紫陽花の寒天・ゼリー風。昆布の佃煮。手前にトマトのコンポート。梅干しだと思ったが、甘い。杏子みたいな味だ。紫陽花豆腐。季節がら紫陽花がフィーチャーされている、白味噌の鍋。具は、青菜に茸と厚揚げ、麩。どれから箸をつけるか迷ってしまう。



手前は、鶏の?唐揚げ。唐揚げ?鶏ではなくて、豆腐が使用され、餡がかかっている。味も、もどき料理にとどまらず唐揚げ風の豆腐料理として完成されている。写真奥の煮物の椀は、胡麻入りの厚揚げ。しめじ。人参の千切り。インゲン。赤いのは赤コンニャクだろうか。中まで味が染みわたっている。斬新で目にも楽しめる。



写真左下はコーンスープ。コーンスープでは卵を使用せず、ベースは昆布だしだ。和と洋の幸せな融合だ。旨すぎる。


メインには、うなぎです。と修業僧が持ってきた。その後、大豆で作ったことが明かされる。丁寧に裏の皮まで作っている。海苔で。


禁欲的と思われた宿坊の食事がこんなに楽しいなんて。そういえば密教では煩悩や欲望は否定されない。密教ではむしろそうした欲望とか煩悩にも肯定的意味が与えられる。だから密教の総本山、高野山らしい精進料理だったといえるかもしれない。肉や魚を使わなくてもこんなにも満足のできるメニューを作ることができるのか。斬新な体験だった。忘れられない夕食となった。



その後、暗くなってきたのを見計らって、外出する。総持院から壇上伽藍まではすぐ。わざと遠回りして蛇腹道を歩いて、晴天の時、壇上伽藍はライトアップされている。夜の根本大塔は荘厳である。



燈籠越しに御影堂を臨む。燈籠の灯りは控えめである。うっすらと灯された明かりが神秘的だ。


夜食用に買ってきたカップラーメンを食べる気は失せていた。量的にも満足しきっていた上に、あの精進料理を味わった舌をそのままにしておきたいと思ったからだ。その感覚、ファンがアイドルの握手会に行った手を洗わない心境に近いかもしれない。


昼間からけっこう歩いた疲れから、子供と一緒に寝てしまう。よく旅行に行くと子供を寝かした後、ビールを飲んだりするが、そんなことをする前に幸せな睡魔がやってきた。



朝6時からの勤行は妻に任せて私と息子はパスする。しかし6時30分にもなると容赦なく布団を仕舞いにくる。懇願すればそのまま寝かせてくれるだろうが、宿坊でそれはあまりにも情けないので親子で根性を見せる。


そして朝食。この食事が一般的な精進料理みたいだ。湯豆腐に煮物、梅干しに味噌汁。煮物のかぼちゃは料亭並みの味。均一に柔らかいのに崩れない。エッジが立っている。もずく。酸味が変化をもたらしてくれる。胡麻豆腐。胡麻豆腐は高野山名物だ。


二食お世話になってみて、やっぱり食事というのは大事だと感じだ。ごく短期間なのに自分の心と体がきれいになったような気持ちになった。肉を食べていないので、気持ちの面でも、事実、イライラしない。その効果は想像以上で、昔は日本人はそれほど肉を食べなかったし、肉食というのは本来の道理からは外れたものなのかもしれないと少し思った。


さて、旅行2日目は雨。それも叩きつけるような雨。傘が役に立たなくなるほどの雨。せっかくの旅行なのに。もったいない。いままでの旅行だったらそんな風に思っただろう。しかし私たちは精進料理で体の中から心の中まできれいになったところだ。何を焦っているのか。ゆっくり見ればよい。そんな気持ちだった。


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