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神戸三宮『グリル十字屋』・2019秋分と晩秋

ライフワークのように、ブログを始める以前から細々と続けている洋食店巡り。ライフワークというと聞こえは良いが、単に食い意地が張っているだけである。いかにも洋食、という感じでわかりやすい美味しさを演出するような盛り付け。室内の照明がソースに反射して輝くハンバーグ。タルタルソースがたっぷりかかったエビフライの弾力。切っている最中からソースが溢れるカニクリームコロッケ。昔連れて行ってもらった、地元にしかなかったファミリーレストランが、現在まで至る嗜好の原点となっている。


『グリル十字屋』は、もしも世の中に「神戸の洋食店番付」というものがあるなら、誰が付けても、中入後、幕内に必ず入り、人によっては三役に付けられてもおかしくない実力を持った店だ。それでは横綱はどこの店になるだろう。それは考えるだけで楽しいし、この店を横綱にする人だっているだろう。


三宮駅から神戸税関に向かう大通りを南に歩いて行って花時計線を右に折れる。そしてすぐのガソリンスタンドのところで左に曲がって50メートル。向かいには中華料理の高級店『第一樓』がある。



道路から見ると低い位置に店のフロアがあるため、店に入ってすぐに下りの短い階段がある。短い階段を下りるという簡単な動作が、外の世界とまた違う世界に踏み入れたような感覚を与えてくれる。こうした少しの手間がとても良いアクセントなっている。



階段を下りる過程ですぐに気づくのが床の大きなタイルだ。入って正面のレジ前の床にある中世のモザイク画のようなタイルで、床のこの部分は神戸洋食界?ではとてもよく知られている。「JUJIYA1933」とある。古き良き港町神戸の時代を思い起こさせるようだ。この店は創業時、百貨店・そごうの横に位置し、外国語が通じるレストランとして知られていたらしい。他店にはあまり例のない、趣のあるタイルだったため、許可をいただき撮影させていただいた。



私はハイシライス(ハヤシライス)と迷い、ビーフカツレツ(ビフカツ)を注文する。ビフカツは1550円。それに600円追加して、小さなポタージュとライスをセットにつけてもらう。ハイシライスをさっと食べてさっと店を出ていく気軽さも捨てがたいが、せっかく神戸までやってきたので、本場のビフカツを食べることがその時は魅力的なように思えた。



付け合わせは茹で野菜に加え、マカロニのトマトソース。茹で野菜は優しいと思う。たっぷりの生野菜サラダというのとも違う上品さもある。ビフカツは最初から切られている店もあるが、『グリル十字屋』は自分で切るタイプだ。ナイフとフォークを使用し、衣が肉からはがれないように注意深く、切り分けていく。切り分けた一片に3日間煮込んで作るというデミグラスソースを絡めて口に運ぶ。トンカツともチキンカツとも違う、ありえない美味しさだ。外の衣はサクサク、中は弾力満点の赤いミディアムレアである。量はそれほど多くはないが、大人にはちょうどよい。多くの外食の量は多すぎるのかもしれない。本来はこのくらいが適度なのだ。


気軽なメニューもある洋食店でも、ビフカツは高価である。時計のセイコーが安いモデルもあるのに、グランドセイコーみたいな高級モデルを作っているのにも似ている。ビフカツは大体、どこでも2000円以上。牛肉をカツにするだけで、レベルが一つも二つも違う。それどころかジャンルを超えていく。ビフカツを食べている時の充実感はほかの食べ物ではなかなか得られないものだ。


◇  ◇  ◇


そしてそれからさらに日が経った別の秋の日。紅葉も進み、肌寒く感じる頃だった。私はまた『グリル十字屋』を訪れていた。あの時のハイシライスが気がかりになってしまったのだ。私は今度はハイシライスを注文する。950円だった。



ハイシライスの気軽さは何なのだろう。同じく気軽なカレーの場合、(好きだとはいえ)食後までカレーに支配されるし、チキンライスというのも何か違う。オムライスは何となく手間がかかり、ラーメンや蕎麦だと実務的だ。ハイシライスの絶妙さは、他には代えがたい。自慢のソースで煮込まれた細切りの牛肉と玉ねぎ。主役はソース。少なめのライスに絡めて食べる。



アップで。ソースが輝いている。量は、前回のビフカツと同じように、軽めである。しかし大人ならば、このくらいがちょうど良いはずだ。前回の訪問が9月。秋に入ろうとしている頃だった。そして今回、秋が終わろうとしていた。秋分のビフカツ。晩秋のハイシライス。2019年の年末の大掃除のように、秋の出来事を振り返る。