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山中千尋『フォーエヴァー・ビギンズ』


このブログで過去に書いたように、私はクラシック音楽を聴き始める前は、かなりジャズに夢中だった。


仕事が終わると神戸のジャズ喫茶『M&M』や『JamJam』に寄って(その頃は兵庫県で仕事をしていたのだ)、ビールやウイスキーやコーヒーを飲みながら、アナログ・レコードの片面を3〜5枚ほど聴く程度の時間滞在して、気に入った曲があったら店を出たその足で三宮のタワーレコードでその日ジャズ喫茶でかかっていたCDを購入して、それから家に帰る。そんな生活をしていた時期があった。あれから約10年。転職をし、引っ越しをし、子供ができた。…生活に関するいろいろなことが変わったが、今日はそれについて書こうと思っているのではなかった。


個人的にいま一番注目している、ジャズ・ピアニストについて書いてみたい。


そのピアニストの名は『山中千尋』。なんて今更ここで書くまでもなく、ジャズの名門レーベルとも契約し、すでにアメリカとヨーロッパで高い評価を確立し、CDは好調なセールスを記録している。日本でもかなり売れている。


最近ジャズから遠ざかっていたこともあって、なんとなく聴いてこなかったのだが、先日聴いてみて驚愕した。すごいピアニストだと知った。


経歴を調べてみたら、桐朋音大を卒業した後、アメリカに留学し、バークリー音楽院を首席で卒業している。音楽的にはエリートである。クラシック音楽の経験の強みで、まずタッチが正確で、美しく粒のそろった音色の持ち主だ。理論に精通し、勤勉に訓練した人でないとこういう音は出せない。


そして、ピアノの演奏が恐ろしくうまいだけでなく、コンポーザー&アレンジャーとしても傑出した才能を持っている。オリジナル曲で存分に発揮される、美しい旋律を生む才能。作曲能力の高さ。アレンジ能力の巧さ。アドリブの美しさ。スイングの激しさ。ジャズ・ピアニストとして、半端でなく、溢れるほどの才能を持っている。


演奏は、スタンダードナンバーを聴いてみたいと思わせるような、基本的には端正でオーソドックスで都会的なスタイルなのだが、曲が佳境に入り熱中してくると、スイッチが入ったかのように、キレのあるアドリブを連発する。このアドリブが、過去に聴いたことがないようなアドリブで、私は、「!!!」ビックリマークを3つくらいつけたいくらいの衝撃があった。それは彼女のテクニックの高さがあってこその技術なのだが、初めて聴くようなリズム、初めて聴くようなメロディ、和音がこれでもかと繰り出され、聴き手を興奮させる。


フォーエヴァー・ビギンズ

フォーエヴァー・ビギンズ


何枚か「大人買い」したが、このアルバムが最高傑作だと思う。冒頭の曲『So Long』が白眉。ノスタルジックな名曲で、どこか懐かしくて、切なくて、涙腺が緩む。私はこの曲を初めて聴いたとき、『ハウルの動く城』のテーマ曲を聴いたときと同じくらいの、メロディに対するシンパシーを感じた。初めて聴くのに、どこか郷愁を感じる名曲だ。とはいえ、こんな切ない曲でも、スイッチが入ると、怒涛のようなアドリブの嵐。


アルバムタイトル曲『Forever Begins』も卓抜している。いまのポピュラー音楽シーンに、こんなに美しい曲を書けるアーティストが他にいるだろうかと考え込んでしまった。この曲のクライマックスに差し掛かった時、私はショパンのバラード第4番を思い出した。


その他にも、筒美京平作曲のポピュラー曲あり、ジャズのスタンダード・ナンバーあり、ラテンあり、ブラジリアンあり、ボサノバありと、バラエティーに富んだ構成で、何度聴いても飽きない。本当に飽きないので、通勤の往復に毎日聴いている。

『フォーエヴァー・ビギンズ』

パーソネル:
山中 千尋 (p) ベン・ウィリアムス (b) ケンドリック・スコット (ds)

01. So Long (Chihiro Yamanaka)
02. Blue Pearl (Bud Powell)
03. Summer Wave (Kyohei Tsutsumi)
04. Cherokee (Ray Noble)
05. w.w.w. (Koichi Matsukaze)
06. Good Morning Heartache (Ervin Drake/Dan Fisher/Irene Higginbotham)
07. Saudade E Carinho (Verinha Falcao/Renan Franca/Renato Franca)
08. Forever Begins (Chihiro Yamanaka)
09. The Moon Was Yellow (Fred E. Ahlert)
10. Avance (Russell Ferrante)

★2010年5月16日、6月20日 ニューヨーク、アヴァター・スタジオにて録音


あと挙げるとすると、こちらのアルバムだろうか。2007年にこの世を去った偉大なジャズ・ピアニスト、オスカー・ピーターソンへのオマージュから、急遽、録音されたものだ。ドラムの代わりにギターを入れた編成である。よく知られたスタンダード・ナンバーが都会的なセンスで塗り替えられていくのが心地よい。ジャズ・ピアニストとしてのポテンシャルの高さが伝わってくる名演ぞろいだ。ギター入りトリオの演奏は、ドラム入りトリオのプレイよりもどこか内省的で、ひとりで読書をするような没入感がある。夜に一人で聴きたいアルバムである。


アフター・アワーズ~オスカー・ピーターソンへのオマージュ

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