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玉村豊男『世界の野菜を旅する』(講談社現代新書)


玉村豊男さんの新書を読んでいる。私が休みとなると海外旅行に出掛けて行っていた頃に『パリ 旅の雑学ノート』を読んでファンになって、以来十ウン年。テレビでもコメントが知的で切れのあるのに嫌味がなくて、一言で言うと、発言が実に「気が利いている」。好きな文化人のうちの一人である。


世界の野菜を旅する (講談社現代新書)

世界の野菜を旅する (講談社現代新書)


『世界の野菜を旅する』は、食と野菜に関するエッセイで、とても知的好奇心をかきたてられる内容となっている。


私たちが普段食べている野菜が、歴史的にはまず世界中のどこで生まれて、想像もつかないような長い旅をして、現代の食卓に上っているということが書かかれている。さりげないユーモア、含蓄に満ちた説明、実体験に基づいた推測、知識人なのに文章が堅苦しくない。



ジャガイモがヨーロッパでたいした野菜とみられなかったのは、聖書に記述がないからということもあったそうだ。そして土の中に成る珍しさ、ゴツゴツとした外見、腹もちはいいがパサパサとした食感で、とくに富裕層や知識人には人気がなかった。尤も聖書に記述がないのは当然で、16世紀にスペインのピサロがペルーを侵略した後に新大陸から伝わったものだからだ。そんなジャガイモがヨーロッパの飢饉から人々の命を救う。


ジャガイモを、フランス人は揚げ、イギリス人は茹でる。フランス人はナイフで切って食べ、ドイツ人はフォークの背でつぶして食べる。同じ野菜なのに地方によって調理法と食べ方が違う。


キャベツは現代の日本ではトンカツ定食に不可欠な野菜だが、ヨーロッパの酢漬けのキャベツに思い当たるように、日本以外ではほとんど生食をしない。キャベツを生のまま食べる国は日本くらいだそうだ。


サフランについての記述では、普通ではちょっとありえない発想に感心した。大根の沢庵漬けの色付けにはウコンを使うが、ウコンの代わりに希少なサフランでやったら珍しくて楽しいだろうなんて発想はこの人にしかない。サフランが高価なのは恐ろしく収穫効率の悪いサフランの雄しべに原因があって、手間、つまりは人件費によるものだそうだ。サフランの花300個から1グラムの雄しべが取れるとか、サフランの花30万個〜50万個から1キロのサフランの乾燥品が取れるか取れないか、など、顕微鏡的小ささの数字が書かれていて、そういうものかと感心するばかり。


◇  ◇  ◇


全体的に大変興味深く、読んでいて楽しくて仕方がない内容なのだが、本書で私が最も好きなのは「全ての料理はカレーになる」の部分だった。少し長くなるが紹介したい。


まず、インドではカレーとは様々なスパイスを用いた料理の総称であることが説明される。だからインドでは日本のようなカレーライスは存在しないが、全ての料理がカレー的で、一言で言うとカレーとは「きわめてスパイシーな料理」というように捉えられる、という説明がある。


もともとインドにはトウガラシがなかったが、初めてトウガラシを見たインド人たちは、躊躇なく、自分たちの料理=カレーに組み入れた。さらに説明は続く。


「だいぶ前のことになるが、私はある新聞の家庭欄の記事で、3回で3種類の鍋が楽しめる、三段鍋、という料理を紹介したことがある。」(本文より引用)


まず昆布だしでのスタンダードな和風の鍋。具は、豆腐、ネギ、白菜、好みで魚介を入れる。つけダレはポン酢。私たちがイメージする、普通の鍋だ。


次に、残っている野菜をすくい出し、鶏肉を入れる。野菜もキャベツ、玉ねぎを入れる。牛乳と、好みでバターを加える。これが、洋風チキン鍋。


最後に、複数のスパイスを入れる。なければカレー粉やカレールーでもよい。カレー鍋になる。


著者はまとめる。


「要するに、どんな料理でも、カレー粉すなわち複数のスパイス粉末の混合物を加えれば、その料理はカレーになる、ということである。シチューであれ、スープであれ、炒め物であれ、いやステーキだって、五種類、十種類、十五種類・・・と粉末にしたスパイスを次々に加えてまぶしていけば、最後にはどこから見てもカレーまたはドライカレーーの状態になるだろう。食べてみれば、どれもカレーの味がするはずだ。」(本文より引用)


「そして、いったんカレーになったものは、二度と元の状態に戻すことはできない。」(本文より引用)


「その意味で、カレーあるいはインド料理は、すべてのスパイスを足し算した時の究極の姿なのである。」(本文より引用)


いろいろなスパイスと調味料を混ぜていくと最終的にはカレーになる。そして一度カレーになってしまえば、もとの姿には戻らない。この部分を読んだとき、ゾクゾクした。インド人もビックリなまとめ方である。そうか、だからインド料理は全部がカレー味なんだ。


本書は、自ら赴く旅ではなく、野菜に旅をさせて、その野菜の出自、伝播、発展をたどっていく。まさしく旅人の手法によるもので、未知の領域が開かれるようでとても楽しい読書体験だった。


パリ・旅の雑学ノート―カフェ/舗道/メトロ (中公文庫)

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