『昌久園』で一人焼肉
「一人焼肉」に夢中になりかけている。「一人焼肉」とは、多人数でワイワイやりながら食べるのが最もおいしい料理である焼肉を、孤独に一人で楽しむ、無駄に贅沢な行為だ。
先日、わざわざ大阪の鶴橋まで行って、ひとりで焼肉を食べ、「一人焼肉」のおいしさとおもしろさに目覚めたのだが、わざわざ遠くまで出かけて行かなくても、いま住んでいる堺においしい焼肉店があることを知った。交通費の分、肉が食べられる!
例えば、わざわざ滋賀の近江や三重の松阪にまで出かけて行かなくったって、多少は値は張るが、大阪で同等のものを食べられる。行くまでの電車代やガソリン代、運転の疲労やビールを飲むことなんかを考えると、近場でおいしいものを食べるのが実は王道ではないか。そんな当たり前な結論に最近達したのだった。
その店は『昌久園』という店で、堺と岸和田に何店舗かある高級焼肉店で、いわば泉州の『叙々苑』ともいえる店である(有名な『叙々苑』には行ったことがないので味は知らない。有名で高級だが味は普通だという評判もあるが実際どうなのだろう)。私の家からは、堺区にある店が一番近い。
赤いレンガが印象的な建物で、外観は焼肉店というよりは、老舗洋食店かステーキハウスのよう。内装は、まるでディケンズの小説に出てきそうな重厚な造り。あるいは、オリエント急行の食堂車のような高級感のある佇まい。焼肉を食べようと思って中に入ったら、英国紳士たちがトランプをしてたなんて光景に出くわしそうだ。
『昌久園』は、ランチの定食がお得である。好みの肉に、ご飯、わかめスープ、キムチ、ナムルがつく。カルビ定食、ロース定食ともに1,300円。肉大盛りの場合、どちらも1,800円。このとき、私はロース定食を注文した。
他に肉も食べて見たかったので、定食に、単品で上塩タンを追加。1,700円。定食が1,300円なので、価格が完全に逆転している。塩タンの1,700円は高価ではあるが法外ではない。相場の範囲だ。だから定食がお得なことがわかる。
そういえば、塩タンをおいしく食べるコツは「片面しか焼かないことだ」とどこかで読んだことがある。そうすると脂が無駄に落ちないらしい。しかしそれには勇気がいる。私はレアよりはウェルダンの方が好きで、さすがにまるで焼かないのはどうかと思ったので、片面はしっかり焼いて、裏返してから、気持ち軽く炙ってすぐに食べた。たしかにおいしい。塩タンとレモンはまるで昨日銀婚式を迎えたみたいに相性バッチリだ。
そして定食のロース。これには驚いた。この肉なんて定食の肉ではない。霜降りの上等なロースで、十分主役を張れる存在感だ。チェーン店の焼肉店では絶対に食べられない種類の肉だ。両面を網目が付く程度に軽く焼く。霜降りなのですぐに火が通る。口の中に上質の脂が広がり、幸福感に包まれる。「生きててよかった」と思えたなんて書いたら大げさだろうか。焼肉は一人で食べてもおいしい。しかも食べた後肌ツルツルである。
◇ ◇ ◇
その翌週、また「一人焼肉」を楽しんだ。より難度の高い、「夜・一人焼肉」だ。こちらは泉北高島屋パンジョというデパートにある支店の方。家族連れでにぎわうデパートの食堂街にある焼肉店に夕食時に一人で入る。違和感というか場違い感は相当のものだろうが、私は全然抵抗がない。でも限られた席を最少人数で占拠することになるので、店に迷惑のかからない程度の額の注文をしようとは思う。
上ロース。1,600円。先だっての定食の肉も凄かったが、こちらは明らかにレベルが違っていた。立派な霜降りである。定食の肉が「前頭七枚目」なら、こちらは「関脇」だ。これでもこんなにおいしいのに、この上に、特上ロース(2,100円)、特選ロース(3,150円)がある。想像もつかない。
ハラミ。1,100円。ハラミって好きである。憎らしいほど肉らしい。分厚くて、適度に弾力があって、柔らかいロースを食べた後には、こんな存在感のある肉も食べてみたかった。
そんな感じで、しばらく「一人焼肉」が続いている。
焼肉 昌久園