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マリス・ヤンソンス&バイエルン放送響の全集


そろそろ年末が近い。第九を聴きたい季節になっている。交響曲全集なら、最後のCDをかけるだけですむ。ベートーヴェン交響曲全集は沢山持っているが、最近、私がずっと愛聴しているのが、こちらの全集だ。


マリス・ヤンソンス&バイエルン放送響 ベートーヴェン:交響曲全集+現代の作曲家たち(6CDs)

マリス・ヤンソンス&バイエルン放送響 ベートーヴェン:交響曲全集+現代の作曲家たち(6CDs)


これは、マリス・ヤンソンスバイエルン放送響による全集で、2012年の年末に発売された。その頃、私はティーレマンによる全集と、シャイーによる全集をまず購入して、ヤンソンスは最後に手に入れた。なのに、いまやヤンソンスの全集を一番気に入っている。その3種の中で、というわけでなく、持っているすべてのベートーヴェン交響曲全集の中での決定版となってしまった。


それまで私が一番好きだったベートーヴェン交響曲全集は、ギュンター・ヴァント指揮、北ドイツ放送交響楽団による1986年〜1990年の録音だった。超有名盤というわけではないが、こちらを一番に挙げるファンは少なくないはずだ。


Beethoven: Symphony 1-9

Beethoven: Symphony 1-9


それはどんな演奏だったのか。一言で言うと、「実直」。楽聖ベートーヴェンだからとかいう気負いや、大きく見せようとかいう衒いも全然ない。すべての情報は楽譜に書かれている。感情的にならずに、正確に再現する。その頑固で真摯な姿勢は、ブルックナーの演奏において多大な成果をもたらしたが、ベートーヴェンでも素晴らしい演奏となっている。その音色と響きは、同時代の指揮者、カラヤンベームバーンスタインベートーヴェンと比べると、暗く、地味で素朴だが、21世紀の現在でも、時代や懐かしさを感じさせず、スタンダードな演奏として聴ける。それはすごいことだ。5番『運命』、6番『田園』は特に優れていて、7番もよかった。ただし、この全集にも唯一の欠点があって、それは9番『合唱』がやや物足りないと感じられることだった。


対して、ヤンソンスの全集はどうか。こちらは現代のスタンダードな演奏を志向しており、まず、スマートである。音楽作りは明晰で、違和感を感じる部分はゼロ。さらに、正確であることは当たり前で、そこから先の勝負をしている。磨けば磨くほど美しくなる宝石のように、新しいベートーヴェン像を作り上げる。いままで親しんだものよりもやや若く、端正だ。オーケストラは、低音から高音までしっかりと鳴っており、アンサンブルは精密かつ強靭だ。しなやかであり、柔らかい。ヤンソンスが関わるようになってからバイエルン放送響はどんどん巧くなっている。こういう音は厳しくするだけでは絶対に出ない。自発的で、音楽をする喜びにあふれている。団員はきっと同じ方向を向いている。実に気持ちの入った良い演奏を聴かせてくれる。ヤンソンスの指揮者としての能力を疑う人は少ないと思うが、きっとモチベーターとしても優秀なんだろうと強く思う。


この全集の印象を一言で言うと、「最高の普通」。なんだか『グランドセイコー』の時計の宣伝のようになってしまった。どの曲の演奏も素晴らしく、1〜8番まで、甲乙つけがたいレベルで拮抗している。そして、気になる9番は。9番は特に出来が良い。


フルトヴェングラーたちの大指揮者時代の演奏、カラヤンのゴージャスな響き、続くアバドたちの時代、ピリオド楽器の演奏、その後に現れたモダン楽器を使用したピリオド奏法、指揮者の個性と解釈が全面に出た新しい録音、それらのムーブメントが一回りしてようやく辿り着いた先にあって、私の決定版となったのが、スタンダードなこうした演奏だったことが逆に面白い。


しかもヤンソンスはそれだけに終わらない。収録時間の間を埋めるように、現代作曲家によるベートーヴェンに因んだ新作を入れている。いかにもな現代音楽もあるので、私には理解できないものも多かったが、21世紀に改めて全集を録ることの意義についての、彼の意思表明のようだ。