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歌劇『売られた花嫁』


モルダウ」(交響詩『我が祖国』の中の一曲)がとても有名なスメタナ。彼のオペラ『売られた花嫁』がとても好きだ。同じく結婚を扱ったオペラとしてはモーツァルトの『フィガロの結婚』があるが、それと並ぶくらい好きなオペラだ。


スメタナの『売られた花嫁』は、日本ではあまり演奏されないオペラで、私は数年前に転職前に急遽出来た長期休暇を利用してプラハに行った時に始めてこのオペラを観たのだが、その時の体験がとても楽しくて、それが忘れられない思い出となっている。以来、いまだに、CDを時々取り出してきて聴いている。


プラハで観るオペラは、日本で観るオペラよりもリーズナブルな席もあって、1,000円くらいのチケットもあった(私はその席にした)。もちろん高価なボックス席もあって、それらの席にはタキシードを着た紳士やドレスを着た貴婦人が座っていた。2,000円くらいから、4,500円くらいの普通の席もあって、私が日本から購入した時点で、ほとんどの席が埋まっていた。公演当日は、猫一匹入れないくらい、あらゆる席がほぼ満席という状態で、会場内の熱気が凄かった。期待感が温度をまとっているようだった。外は雪が舞う寒さだったが、会場内は毛布にくるまれたみたいな温かさだった。多くの年配の観客に、チェコの民族衣装を着た方が結構いて(ドイツのオクトーバーフェストで女性店員が着ているみたいなやつ)、それが印象的だった。観客みな興奮ぎみで、幸せそうだった。


チェコの作曲家による、チェコ語で上演される国民的オペラ。例えば、大相撲の場所がこんな感じなのかもしれない。また、日本でもオペラはコンサートとは観客の服装も違っていて、急に正装率が高くなる。着物の割合も高いのだが、チェコでは民族衣装となるのだろうか。別に有名な歌手が登場するわけでもなく、日常的にありふれた公演なのかもしれないが、それがとても印象的だった。


それはさておき、このオペラが、このように華やかで催し的なイベントとして捉えられることは、このオペラの陽気な内容とも無関係ではない。また、音楽的にも、陽気で、微笑ましくて、多くの人に愛されるような作品となっている。

≪あらすじ≫


ここはボヘミアの村。村祭りのある日。村人たちが歌い、踊っている。


歓喜に満ちた雰囲気のなか、相思相愛の恋人同士である青年イェニークと恋人のマジェンカは浮かない顔をしている。イェニークの出自がよそ者であることで、二人の結婚を認めてもらえない。認めてもらいないばかりか、マジェンカの両親は結婚の仲介人ケツァルに唆され、大地主ミーハの息子ヴァシクとの結婚の話が持ち上がっている。ヴァシクには吃音などの障害があるが、大地主ミーハは、それらの障害を隠して、息子をマジェンカと結婚させたいと狙っている。結婚仲介人ケツァルはこの縁談を取りまとめることで、大金を得ようと狙っている。


マジェンカは、身を隠して、まだ面識のないヴァシクに「あの女は悪い女だから結婚はやめておいた方がいい」と吹き込むが、ヴァシクはその謎の女に恋をしてしまう(そして後で、謎の女がマジェンカであることもばれてしまう)。


結婚仲介人ケツァルがマジェンカから手を引くように要求してきたのに対し、イェニークは、謝礼を受け取り「マジェンカはミーハの息子以外とは結婚しない」という契約を結ぶ。ミーハの息子とは、ヴァシクのことなのか。イェニークは、恋人を売り渡したのか。契約書を見せられたマジェンカは悲しみ、激昂する。「私は売られた花嫁になる。」このままマジェンカはヴァシクと結婚することになってしまうのか。村人からの非難を受けるイェニークだが、彼にはある狙いがあった。


話の展開には強引なところもあり、ヴァシクの吃音を音楽的に特徴付けて表現したようなところなど、昨今では表現の難しい部分もあって、日本ではあまり上演されないのかもしれないが、とてつもない音楽的な魅力をもった作品だ。


陽気で愉快な「序曲」に続いて、第一幕第一場のボヘミア調の合唱が始まるとき、CDで聴いても、これから始まる楽しい時間が想像されて、幸せな気持ちでいっぱいになる。


昔からオペラだけでなく、序曲、第一幕の「ポルカ」、第二幕の「フリアント」、第三幕の「道化師の踊り」の4曲は名曲で、演奏会でも単独で演奏されることもある。


また歌曲も愉しいものや美しい曲が揃っていて、ざっと挙げるだけでも、第一幕のイェニークとマジェンカの二重唱、ケツァルを中心とする三重唱、第二幕のヴァシクのアリア、第二幕のフィナーレでの「序曲」の旋律を用いた合唱、第三幕の旅芸人の座長と一座の美女エスメラルダの小二重唱、フィナーレの大合唱など、素晴らしいものがたくさんあって、きりがない。


スメタナ:歌劇「売られた花嫁」

スメタナ:歌劇「売られた花嫁」


チェコ人のズデニェク・コシュラー指揮、演奏はチェコ・フィルという、鉄板のコンビだ。収録はプラハ市内、ドヴォルザークホールがあるルドルフィヌムで行われている。


私がチェコに行った時に予習に聴いて行ったのがこのCDだった。CDのパッケージからチェコの匂いがしそうなほど、古風な雰囲気のある一枚だ。チェコ・フィルの音色は重厚かつ気品があって、ウィーン・フィルの感じと似ている。奇を衒ったところのない、一生懸命な演奏が牧歌的でとても良い。1980年から1981年にかけての録音で、音質もまずまずだ。初めて聴いたとき、チェコ語なのでまったく理解できなかったのに、音楽がとても親しみやすかったので、すぐに気に入ってしまった。


Bartered Bride

Bartered Bride


こちらは英語上演版。指揮者はチャールズ・マッケラス、演奏はロンドンのオーケストラ、フィルハーモニア管だ。オペラは出来れば現地の言葉で聴きたいものだが、どうしてこのCDを買ったのかというと、私はチャールズ・マッケラスという指揮者が好きで、彼がこのオペラをどう料理するのか興味があったためだ。


これはまた随分、都会的というか、スタイリッシュというか、垢抜けた演奏となっている。演奏の質、録音の音質ともに、上のチェコ・フィル盤よりも上だ。メリハリが強く、ずいぶん攻めている。オペラ的というよりは、演奏会的で、その高いテンションをオペラの長さで維持している。コシュラー盤の方が、19世紀のチェコだとすると、こちらは現代のチェコかもしれない。もちろんセリフは英語だが、私はチェコ語でも英語でもほとんど理解できないので、結局のところ一緒かもしれない。盛り上げ方もとても巧みで、私がとても好きな「道化師の踊り」など、実際に心拍数が上がっている。


最近では、日常的に聴くのは、英語バージョンのマッケラスの方だ。しかし、時にはコシュラーの方も聴きたくなる。それで、時々このCDを取り出してきて聴いている。コシュラー盤を聴くと、プラハでこのオペラを聴いた夜を思い出す。