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フィリップ・ヘレヴェッヘのベートーヴェン・『第九』

ベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」、通称『第九』を聴いている。


1ヶ月近く、交響曲全集からの録音も含め、様々な録音を聴いてきた。この時期だから聴きたいということもあるが、聴けば、「これはベートーヴェンの最高傑作なのではないか」と思う。クラシック音楽全体で言っても大傑作であり、音楽全体にジャンルを広げてみても、また芸術全般ということで言っても、きっとこれは比類のないものだ。一音楽家が成し得た奇跡的到達という感じがする。最近、あまりコンサートに行っていないが、コンサートで第九を聴くと、どんなオーケストラ、どんな指揮者でも、必ず私は感動してしまう。その音楽、その演奏を通して、崇高な精神性に触れている。そういう類の曲は、あまりないのではないか。


今日触れるのは、指揮者フィリップ・ヘレヴェッヘによる2種類の『第九』だ。どちらの録音も、楽譜に忠実なだけでなく、演奏方式も当時のものを再現したと言われるオリジナル楽器によるピリオド奏法を特徴としている。


■1999年シャンゼリゼ管弦楽団


Beethoven: Symphony no. 9 / Herreweghe, Orchestre Des Champs Elysees, et al

Beethoven: Symphony no. 9 / Herreweghe, Orchestre Des Champs Elysees, et al


演奏は、シャンゼリゼ管弦楽団。1999年のリリースとあるが、録音の時期と場所は不明。ライナーノーツにも書かれていなかったが、このオーケストラ自体が新しいオーケストラなので、1990年代のうち1999年に近い時期だろう。通常の演奏では第九は70分程度の時間となるが、このCDは約62分という短い演奏時間なので、いかに快速テンポなのかがわかる。ちなみに各楽章ごとの演奏時間は、第一楽章から13:32、13:25、12:28、23:02である。往年の大指揮者の演奏と比べると、まるで違うスポーツをしているようである。しかしこれもありだと思わせるのは、ベートーヴェンの音楽に特有の、聴き手を高揚させるメロディや、追い立てるようなリズムだ。「間違いなく、いま自分はベートーヴェンの第九を聴いている」という実感は、演奏の仕方によってどうこうなるものではなかった。そして第四楽章の合唱部分は、かなり優れている。バッハやフォーレの声楽曲を得意とするヘレヴェッヘならではという感じがする。


■2009年ロイヤル・フランダース・フィル盤


Symphony No 9 (Hybr)

Symphony No 9 (Hybr)


演奏は、ロイヤル・フランダース・フィル(現在はアントワープ交響楽団と名称変更されている)。2009年10月ベルギー、アントワープにて録音されている。演奏時間は、速かった1999年盤よりも、さらに速い約61分という時間。各楽章の演奏時間は、14:05、13:18、11:54、21:38なので、全体が短い割に、第一楽章と第四楽章に時間をかけていることがわかる。それでいて、全体が短く収まるうえで、第二楽章と第三楽章がたいへん早いというわけになっている。前者と比べると、演奏の匂い(スタイル・音色)はたいへん似通っている。違うとすれば、10年の歳月なのかもしれない。全体的にはスムーズだが、指揮者の思いが入る余地が増えているのか、細部の陰影が濃くなっている。私が好みなのはこちらの盤だ。


どちらの演奏も、『第九』にドラマを求めるような人には不向きな録音かもしれないが、清々しい音色と言い、清楚な響きと言い、スピード感と言い、ヘレヴェッヘならではの音楽作りとなっている。こういう演奏は案外、普段、クラシック音楽を聴かない人にはすんなり受け入れられるのかもしれない。スムーズで音質も素晴らしい。


ヘレヴェッヘの第九は、同じようにピリオド奏法を得意とするロジャー・ノリントンベートーヴェンと比べると、もう少し客観的というか、冷静で、そこが好みの分かれるところかもしれない。しかし、全てが同じような演奏ばかりではつまらないし、そうした違いを味わうため、指揮者やオーケストラを変えて曲を楽しむというのは、クラシック音楽の楽しみの一つだと思う。


Beethoven: The 9 Symphonies

Beethoven: The 9 Symphonies


1巻当たりの価格が割安な全集も今では発売されているが、私が買い始めた頃は全部の録音が揃っていなかったので、単品で揃えることになってしまった。