USHINABE SQUARE

クラシック名盤・名曲と消費 生活 趣味

『左手のためのピアノ協奏曲』の名盤


ラヴェルのピアノ協奏曲は2曲残されている。どちらの曲も、私がクラシック音楽を意識的に聴こうと思って色々と聴き始めてから、最初の頃に聴いたピアノ協奏曲だった。


私は元々、クラシック音楽をメインで聴いていた訳ではなかった。音楽鑑賞は好きだったが、本格的にCDを集め出したのはジャズからだった。いまでもジャズのCDは、クラシック音楽ほどではないが沢山持っていて、CDラックの広い範囲を占拠している。


昔、ジャズを聴いていた頃、クラシック音楽に詳しい知人に、ラヴェルの2つのピアノ協奏曲、つまり『ピアノ協奏曲ト長調』(以下、『ト長調』)と『左手のためのピアノ協奏曲』(以下、『左手のための〜』)を勧められた。


「ジャズが好きなら、ラヴェルのピアノ協奏曲を聴いた方がいいよ。ラヴェルのピアノ協奏曲は2曲あって、ジャズの影響を強く受けているんだ。ジャズが好きならきっと気に入ると思うよ。」


当初は『ト長調』の方に夢中になって、『左手のための〜』はそれほど聴かなかったのだが、いまは後者の方を好んでよく聴く。メロディも斬新で、迫力満点。そして、ラヴェルの素晴らしいオーケストレーション。新しく、ややグロテスク。獰猛でありながら、華やかな曲だ。


この曲は、第一次世界大戦で右手を負傷したピアニスト、ウィトゲンシュタインの依頼によって作られた曲で、ピアニストは右手を使わずに、左手だけで演奏する。クラシック音楽の楽曲の種類には、バラエティに富んだ曲が多いが、そんな曲まであるとはなんて深遠な世界なんだろう、と、当時とても印象的だった。


しかしこの曲は、ピアノパートのあまりの難しさに、依頼した本人が弾きこなすことができず、それがもとでラヴェルウィトゲンシュタインは疎遠になってしまったとか。


左手は通常は低音域の位置にあるので、それだけで曲を書くと単調なものとなってしまう。そういう制限を抱えたまま、広い鍵盤を左手だけでカバーし、両手で演奏するのに遜色ない和音を出すいうのがこの曲の面白いところである。『ト長調』同様、ピアノパートだけが目立つ作品ではなく、ピアノ入りのオーケストラ作品としての完成度が非常に高い。また、ピアニストにとっては非常に高いレベルの技巧を要求される難曲で、『ト長調』の方よりも難度は高いらしい。


それでは、私が好んで聴いているCDをいくつか紹介していきたい。


クリスティアン・ツィマーマン


ラヴェル:ピアノ協奏曲、高雅にして感傷的なワルツ

ラヴェル:ピアノ協奏曲、高雅にして感傷的なワルツ


まずはツィマーマンのピアノとブーレーズの指揮による演奏を、この曲の定番に挙げたい。計算された迫力、緻密な構成、テクニック、音色の美しさ、申し分ない。クリーブランド管による極上のサウンド。精度が非常に高い。スワロフスキーのクリスタルのような、透明な響きに痺れる。細部にまでツィマーマンの美学が行き届いた丁寧な演奏で、安心して聴くことができる。


■モニク・アース


ラヴェル:ピアノ協奏曲、左手のためのピアノ協奏曲/バルトーク:ピアノ協奏曲第3番、他

ラヴェル:ピアノ協奏曲、左手のためのピアノ協奏曲/バルトーク:ピアノ協奏曲第3番、他


新しい演奏は解像度、見通し優先で、モニク・アースのような、雰囲気のある音色が少なくなった。ひたすら上品である。お屋敷で深窓の令嬢が弾いていそうなノーブルな演奏となっている。


■ピエール=ロラン・エマール

ラヴェル:ピアノ協奏曲

ラヴェル:ピアノ協奏曲


このCDは、「鬼才」ピエール=ロラン・エマールによるお国ものという訳で、聴かないわけにはいかない。同時に収録されている『ト長調』の方が私にとってはあまり好みでなかったが、『左手のための〜』の方は名演。オーケストラの冷たさ。冷たいピアニズム。凍えるような冷たい迫力に、こういうタイプの演奏もあるのかと、カルチャーショックを覚えた。凄い演奏だ。


ユジャ・ワン


ラヴェル:ピアノ協奏曲、左手のためのピアノ協奏曲、他

ラヴェル:ピアノ協奏曲、左手のためのピアノ協奏曲、他


若きテクニシャン。ずば抜けたテクニックと曲の本質を鷲掴みにする高い音楽性。メカニカルな面では、詳しいことはわからないのだが、柔らかいのに強靭で、腕のバネの素材が違うのではないかと思わせるようみたいで、こんなに躍動感のあるパッセージを聴かせるピアニストを私は他に知らない。現役のピアニストのなかでも最高レベルのテクニックではないだろうか。もう出てきてから暫く経っているが、個人的には彼女の登場は、クラシック音楽を聴いてきて、大きなものだった。登場時のインパクトでは、アルゲリッチに並ぶ(リアルタイムで知らないけれど)。中国出身のピアニストには他に、同じくテクニシャンで売れっ子のラン・ランがいるが、私はラン・ランよりも好きだ。